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□カラーパレット
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ばらばらと、綺麗すぎるくらい無機質な色をした飴玉が白い絨毯の上に散らばった。


「下界の飴が食べたい、駄菓子屋とかで売ってる身体に悪そうな安っぽい味のやつ。」

そう駄々をこねる閻魔の為にわざわざ下界まで足を延ばして買ってきたというのに、と鬼男は思い切り眉を潜めた。苦労の末の飴玉は結局一粒たりとも閻魔の口に入ることなく終ってしまったのだ。


「っこの、」

大王イカ、といつものように爪を刺そうとしたがそれは敵わなかった。眼前には誰一人としていなかったのだ。
逃げたかと鬼男は一歩踏み出す。
すると、ごろりと踏み付けたものに足を取られよろめいた。


「ちっくしょ……」

足元に散らばった邪魔くさい障害物に対して悪態をつこうとしたものの、足元に広がる状況に唖然とした。足の下にキラキラと転がる飴玉と一緒に、閻魔が床に転がっている。


「…大王?」

俯せに倒れたまま起き上がりそうにない閻魔に鬼男の胸がざわつく。冗談でしょう、と屈んで立ち上がらせようとするが掴んだ腕はひどく弱々しくぎくりとした。
荒く小刻みに繰り返される呼吸、潜められた眉に汗。冗談ではないと理解した瞬間、鬼男の目の前は現実から遠ざかった。
















「……はあ、」

鬼男は相変わらず装飾の多いベッドに横たわる閻魔を見て深い溜息をついた。
あの後は慌しく、閻魔を医務室まで運んだり休廷を死者たちや他の鬼に伝えたりと走りまわった。そしてやっと一息吐けたところなのだが、鬼男の心臓は未だ煩いくらいに鳴っている。吸い込んだ息を深く深く吐き出して落ち着こうとするものの、胸の奥底で何かが鬼男を急かしていた。

不安感から柄にもなく閻魔の真っ白い手を握っている。青白い指先は一向に温まる様子がなかった。


どれくらいの時間が経ったのか、しばらくしてから依然冷たいそれが褐色の指を柔く握り返した。


「っ大王!」


慌てた為情けなく掠れた声も気にせずじっと閻魔の顔を覗き込む。
薄らと現れた灯色の目にほっと一息付いたのも束の間、閻魔は蚊の鳴くような声で呟いた。




「俺、しぬんだ」


「え」





全く予期していなかった言葉に鬼男の思考が止まる。
動きの悪い頭で閻魔の言葉を反芻し、遅れてからやっと理解した。


「え…、死ぬ、ですか?」


確認を取るようにそう言うと閻魔がにこりと微笑む。
鬼男はそんな大王が死ぬなんてと思いながらも、何故かこれは本当なのだと頭の隅で理解した。
見れば閻魔は珍しく感情のこもった目で天井をじっと見つめている。


「……嬉しいですか」


ぽつりと呟くと閻魔の瞳がちらりとこちらに向いた。


「うん、嬉しいよ。…でも複雑な気分だ、寂しいし悲しい気もする。」


そう言いながらも未だ微笑んでいる閻魔は見たことのない程感情が浮かんでいた。いつものどこか諦めたような笑みは消え失せている。元はこんなにも人間らしかったのだろうかと思い、どこか切なくなるのを鬼男は感じた。

「苦しくはないですか」

その気持ちを見ないようにするために、鬼男は閻魔の世話を焼こうと椅子から立ち上がった。しかし閻魔は大丈夫だと答えた上、それよりも傍に居ろと命じる。
そのため鬼男は不格好にも椅子から立ち上がっただけになってしまった。

「本当、あんたは最期まで僕の思うようにしてくれませんね」

そう鬼男が眉尻を下げるが、閻魔は鬼男の顔をじっと見つめるだけだった。

「どうかしましたか?」

鬼男が不信に思い声をかけると、閻魔は一瞬遅れてから返事を返す。

「鬼男くんを置いて逝くことが唯一心残りだな」

閻魔から発せられた声は酷く小さく、掠れており、鬼男は基より閻魔もその声に死期を感じた。
そう思うと早いもので、先程までぼんやりとでも開かれていた目が少しずつ閉じていく。

(ああ駄目だ声が出ない)

(もうちょっと鬼男くんと居たかったなあ)

(いっそ鬼男くんの転生の後に死ねれば良かったのに)

(こんなにも思い通りにならないなんて、ただの人間に世界はなんて厳しい)


そこまで思考を巡らせたところで閻魔の紅い瞳は塞がれた。
感覚と意識がだんだんと遠退いて行く中で、最期に鬼男の声が聞こえた気がした。


「起きて下さい…!」




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