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□嘘つきは正道を求めた
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「ふふ、鬼男くん、大好き。」
まるで人間の餓鬼のように柔い笑みを浮かべて大王は言う。今回でこの甘ったるい台詞は何回目か、なんて数えるのも馬鹿らしくなる程だ。始めこそ浮かれていたものの、いい加減胸やけがしてきた。
「俺はね、君だけのものだよ」
ああほらまた、そんな幸せそうに笑わないで欲しい。
「そんな露骨に嫌な顔しないでよ鬼男くん。」
一変、大王は少し頬を膨らませて不機嫌アピール。本当ころころ表情の変わる。
「そりゃあ目の前に無理矢理可愛ぶるおっさんが居るからじゃないですか?」
ちっと舌打ちをおまけに付けて返す。すると今度はころりとまた笑顔に替わった。
「うっそだあ!そんなおっさんにときめいちゃうくせに!」
「勘違い甚だしいですよ大王。」
「ふふんツンデレめ!残念ながら今日はエイプリルフールなんですー!ツンが裏目に出たな嘘つきさん!」
その口調と見下ろしたような目つきにむかついて爪を伸ばせば、それはいつもと変わらず大王の頭を帽子ごと貫いた。ほらやっぱり、今日はいつもとなんら変わらない日常なんだ。
真っ赤な血をだらだら流しながら、それでも依然として抜いてだの痛いだの騒いでいる大王にさらに腹が立った。
「嘘つきはあんたの方だ。」
そう一言言えば今までの騒ぎ声が嘘のようにぴたりと止まる。ついでに浮かれた空気もぴりっと冷たいものに変わり、僕は大王から爪を抜いた。
「……どうしてそんなこと言うのかな?」
早くも出血が止まり傷口が再生しだしている。大王の紅い目が僕を据えて見た。
「あんたの無理矢理ふざけた態度が気にくわなかったもので。」
同じように僕は金の目に大王を映す。紅と金が睨み合ったのはほんの一瞬だった。その一瞬後には大王が顔を俯かせてしまったからだ。
「……だって、せっかくエイプリルフールなんだもん」
「知ってますよ。」
はあ、と溜息をついて答える。
そう。僕は知っている。今日は唯一大王が「好きだ」と躊躇いなく言える日だと。
いくら恋仲だとは言ってもこの人は閻魔大王。神様は恋人だからと特定人物を特別視してはならない。
平等を司る大王が嘘を隠れ蓑に普段言えない好意の言葉を口に出来るのが今日だった。
「だからって無理矢理言うようなものじゃあないでしょう?」
「う…」
尚も責める口調で喋りかけると大王はまた珍しく反駁してこなかった。
普段が普段だけにしおらしくされると心が折れそうになって困る。
「別に好きって言われたくない訳じゃないんです。ただあんたが無理してるのを見たくないだけなんです。」
子供にするように、しゃがんで下から覗き込むように話し掛ける。
取った両手の指はひやりと冷たかった。
「べ、つに、無理とかしてない…」
「嘘。本当は辛いの知ってるんですよ。」
「そんな、」
そんなことはないと言いながら僕の手から逃れようとするのは大王が嘘をつく時の癖だ。
「無理に好きって言われるくらいなら僕は一言嫌いだと言われた方がいっそ清々しいです。こんな日ですし。」
「っ、」
ばっと大王が顔を上げる。
再び紅の瞳とかちあう。
「ほら、大王」
握り込んだ手を逃がさないように指に力を入れて急かすと、大王は口を2,3度はくはくとさせてから声を出した。
「…無理だよ、鬼男くん…」
「…そうですか。」
だらりとされるがままだった指が弱々しく握られる。
「ごめんね」
「いいえ、そんな貴方が好きで一緒にいますから。」
にこり。
笑いかけると大王も困ったように眉を下げた。
「それも嘘だったら泣いちゃうかも」
「エイプリルフールですから御自由にどうぞ。」
そう言って小さく口付ける。
結局はいつも通り言葉なんて満足に紡げないまま、気持ちを胸の内に燻らせるしかなかった。
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