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□優しいひと
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竹中さんが太子や馬子さんと出会う前のお話。カップリング要素が家出しました。
















長い長い列もやはり少しずつ動いていたようで、やっと私の順が回ってきた。
元々天界なり天国なりを信じていなかった私は、始めこそ死後の世界に戸惑ったものの今ではすっかり慣れてしまった。
よくよく見れば天界といえど特に何が変わっているわけでもない。緑があり建物があり、池もある。
人間たちが荘厳で尊く何もかも見透かしていると噂をしていた閻魔羅闍さえも、地上に置いてあった仰々しい像とは全く違っていた。
平凡な身なりの平凡な男が目の前に座っている。人間たちは実物を見てさぞ凹んだだろう。落胆している人間たちを思うと少し愉快だった。


「うーん」

捻くれたことを考えているとふいに目の前の男が唸る。私に下す審判について悩んでいるのだろうか。右か左か、地獄か天国か。


(私にはどちらであろうと関係はないと言うのに)


「そんなこと言ったってこっちは慎重にやんないとしくじったら始末書もんなんだからー」


驚いて顔をあげると男は未だ書類から目を離さずに唸っていた。手元の筆をくるくると器用に回している。閻魔王は筆の先の朱墨のような色の目で何もかも見通せるらしい。
「普通」とは違うその存在に興味を引かれる。


「私の青目もさんざ言われて来たが、紅も十分異業だな」


「青い瞳なんて君らの国から出るとわらわら居るもんだよ」


だから君と俺は全く違う。ちらりと私を一目見てそう言ったきり、また男は視線を下へ戻す。
私は少し苛立ちを感じながら口を開いた。


「いつまで悩んでいるつもりだ?私の心の内はとうに見透かしているのだろう」


再び紅と視線がぶつかる。


「天国だろうと地獄だろうと、ここでは皆平等なのだろう。平等に平穏と罰を与えられる。私はそれだけで十分なんだ。」

言い終えると目の前の男はさも不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。


「言っておくが嘘じゃあないぞ?」


「解ってるよ。」


男の視線は鋭いまま尚も私から外れない。
その視線が私を憎むものなのか見定めているものなのかはわからなかった。
しかし地上で忌み嫌われるしかなかった私はその視線に怯むこともない。
沈黙を無心でやり過ごしていると男が忌々し気に口を開いた。


「君、戻って。」


「…なんだって?」


予想していた二択のどちらでもない答えに困惑する。
言われたことを一度心で反芻して血の気が下引いた。


「…私に地上に戻れと言うのか」

先程までとは打って変わって声は震えていた。私にとって地上は地獄よりも地獄らしい世界だったからだ。

「冗談じゃない。罰を与えたいのならばそれ相応の場所があるんだろう」


「罰っていうのは苦痛を伴わなければ意味がない。何百年と無駄な行為に時間を割かれるのはごめんだよ、こっちだって忙しいんだからさ」


救われると思った?

厭らしい笑みを浮かべながらそう尋ねてくる男に殺意を通り越して絶望した。


「…神は、救いを齎すものではないのか」


「それこそ人間の妄言さ。君は散々そう言ってたじゃないか。」

こちらが感情を露わにするほど楽し気に答える声に腸が煮えくり返る。

「…何も齎さないならばお前の存在意義とはなんだ」


「意味なんて俺には存在しないよ。ただ平等に裁くだけだ。あるのは永遠の時間だけだよ」

「さも自分が完璧なような口振りだがその永遠の中で平等を貫け続けているのか?」


悪足掻きのつもりで言った言葉に男の瞳が揺らいだ。それを見逃さなかった私はしめた、とそこから反撃をしようとしたがそれは叶わなかった。
ぱちんと小さく爆ぜるような音を聞いた瞬間足元は割れ、深い深い歪みに私は落ちる。


「貴様、」


「もう一度下に戻って、出直しておいで」


落ちる最中にちらりと笑っている紅が見えた。
どうにか一矢報いたかったが既に頭まで地面に隠れてしまっていてどうすることも出来ない。



「こんな所を救いになんてしちゃだめだよ」



最後に聞いた男の声はまるで我が子に諭すような、今まで聞いたことが無い程優しいものだった。






























気付けば私は住処としている池に戻っていた。
先程までのやりとりが夢だったのか本当だったのか解らない程、いつもと同じ風景が眼前に広がる。
また苦痛の日々が始まるのかと絶望すると不意に茂みを掻き分ける音が聞こえた。振り返るとそこには見慣れない私の瞳と同じ色の服を着た男が立っていた。



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