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□花氷
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※サキ愛 百合。苦手な方ご注意下さい。
サキちゃんは愛ちゃんの後輩的な設定だったり違ったり。













しっかりとしたオートロックの扉を貰ったスペアキーで開くと、部屋は真夜中だと言うのにひとつの電気も点いていなかった。
お邪魔します と小さく呟いてから、まるでお化け屋敷みたいに壁を伝って暗い廊下を進む。途中何度か脱ぎ散らかされた衣服(であろう何か)に足を取られながらやっとの思いで寝室へ辿り着いた。


ひとつ大きく呼吸をしてから鍵のない扉を開ける。するとそこには陰欝な空気が漂っていた。
部屋の主は座ったまま頭まで毛布を被り明かりはテレビの光のみ、またサイドテーブルには幾つもの空いたアルコールの缶が並んでいるという、大凡人気アイドルのものとは思えない状態だった。
初めこそいちいちショックを受けていたものの、今ではため息をつきながら空き缶を片付けられるまでになってしまったのだから本当慣れって怖い。


「愛さんいい加減電気くらい点けないと視力落ちますよ?」


「るっさいわね、いいのよ私眼鏡だって似合うんだから。」


空き缶を片付けながら注意する私を鬱陶しそうにあしらう。サイドテーブルに缶と一緒に転がっていたリモコンで部屋の明かりをつけると、彼女は眩しげに目を細めた。


「…何すんの消して。」


「愛さんが寝るって言うんなら消してもいいですよ。」


睨みつけてくる愛さんに笑顔で返すと眉間に寄った皺が更に増える。



「あーあ、人気アイドルがそんな顔しちゃ駄目ですよ?」

せっかく可愛い顔してるのに、と頬を撫でるとぱしんと渇いた音を立てて叩き落とされた。


「ちょっと使ってやってるからって調子に乗らないで。あんたの替わりなんていくらでも居んのよ?」


憎まれ口を叩く彼女を見ながらも、数十分前に届いたメールを思い出した私はその態度が可愛らしく思えて少し笑う。
「召集。1時間以内よ。」
絵文字も何も付けずに用件だけを記した簡素なメールは彼女がひとりで寝付けない時に送ってくるものだった。
繊細なくせに人気アイドルなんて大層な肩書きを持つ彼女は度々深く落ち込むことがある。成功だろうと失敗だろうと、逐一ストレスを感じていれば当たり前だと言えるだろう。
しかし彼女の素を知っている人間はそうそうおらず、たまたまテレビでそれを知ってしまっていた私が使いっ走りのように呼ばれているのだ。
つまり彼女は悪態をつきながらも、今私を手放す事はできない。それが解っているため私はある程度寛大で居られるし、まして一時の感情に任せてこんな美味しいポジションを捨て去るようなことはしない。



「わかりましたからもう寝ましょう。明日は早いんですか?」


「……昼から撮影」


会話しながらぐちゃぐちゃにされた毛布と布団をベッドにセットし直す。綺麗になったそこに遠慮なく潜り込んでから側でそれを見ていた彼女のために布団を少しめくってやった。あからさまに不機嫌な顔をしながらも布団に入ってくる彼女に思わず頬が緩む。


「昼からなんだったら私ご飯作っちゃいますね。最近更に痩せたみたいだったから心配してたんですよ?」


彼女が甘えやすいよう部屋の明かりを消してから、薄い背に腕を回した。飲酒喫煙に不規則かつ偏った食事しかしない彼女の身体はちょっと会わないうちに小さくなってしまったように思える。

そんなことを考えていた折、異常に急接近したふたりの僅かな距離を愛さんが埋めた。


「わ、どうしたんですか愛さん珍しい!」


「煩いわねサキ。何のためにあんたを呼んでると思ってるのよ。」


ぎゅう、と胸の上に置かれた彼女の手がパジャマ替わりのシャツを握る。


「寂しくて人肌恋しくなっちゃった愛さんのためですかね。」


からかうようにそう言えば、彼女が更に不機嫌になるのが暗闇でもわかった。


「そんなに寂しいなら彼氏のひとりでも作れば良いじゃないですか。」


意地悪くそう続けるのは彼女が私から離れられないのを知っているからだった。


「いらないわそんな面倒くさい。……あんたがいるもの。」


ぽつりと呟かれた一言に自然と口角が上がる。ああ意地悪してごめんなさい。
嬉しさを悟られないよう素っ気なくそうですかと返した。
小さな頃から憧れていた箱の中の高嶺の花が今は私の手中にある。私が登りつめたのか彼女が堕ちてきたのかわからないまま、私は花におやすみなさいと囁いた。




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