日和
□かなわない
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それでも俺は何も言えやしないんだ。
-かなわない-
視界は反転、見慣れた天井が広がる。両肩に体重をかけられて、ちょっとやそっとじゃ起き上がれそうにない。
突然床に組み伏せられた俺の脳内はそりゃあもうものすごいパニック状態なわけで。だが、年上としてここは悟られてはいけないと妙な義務感にかられ、精一杯冷静なふりをして問いただした。
「…なに、してんだ」
俺を押し倒した張本人の顔が視界いっぱいに広がった。
いつも涼しい顔をしてすましているそいつは今、泣きそうに顔を歪めてこちらをじ、と覗き込んでいた。
いつもと違うそいつを、俺も見つめ返す。(というより動けないのでそうするしかなかった。)
「………好きなんだ、」
「え……っ、」
何の脈絡もなしに告げられた告白に、多々疑問が浮かぶがそれらはどれひとつとして発せられることはなかった。理由は簡単。太一が俺の口を塞いできたから。所謂、接吻というやつで。
始めは唇を合わせていただけの可愛らしいものだった。しかし数回、啄むようなそれを繰り返すと、遂に太一の舌が俺の口内に侵入してきた。
「んっ、ふ、ぁっ…ん、」
「っは…入鹿、さ、っ」
正直未だ深いそれを経験したことのなかった俺は、勝手が分からず自分よりだいぶ年下の太一に流されるままになっていた。始めは胸の内にあった年上としての自尊心諸々も、ちゅ、と小さなリップ音をたてて太一の唇が離れる頃にはとっくに溶かされていた。
酸欠寸前だった肺に、突然大量の酸素が入ってきて少し噎せる。必死に息を整えて落ち着きを取り戻しかけたころ、太一が汗で額に張り付いた前髪をゆっくりとした手つきで避けてきた。
「………太一、」
「っ、ごめんなさいっ…」
掠れた声で名を呼ぶと、俺の言葉を掻き消すように謝罪してきた。涙で歪んではっきりとしないが、多分始めのような泣きそうな表情をしているだろう。
「ごめんなさい……こんなことして…。でも、好きなんだ、入鹿さんが…。時代も年も違うってわかってるけど、っ、僕、どうしようもなくて……っ」
謝罪と告白をいっぺんに告げた太一はとうとう泣き出してしまった。どうしたらいいの、と肩に頭を押し付けてくる太一にいつもの余裕はなく年相応に思えた。
何をしても太一に劣っている俺に言われても、解決の糸口すら見つけられるはずもなく。精一杯の励ましに震える小さな背中を抱いてやる。
掌から伝わる振動がなんだか愛しく思えて思わず頬が緩んだ。
(あ、なんだ…)
難しそうに思えた問題の答えはある意味とてもシンプルで、当面は互いの気持ちさえあればいいのかもしれない。
珍しく腕の中で震える年下よりも早く答えに行き着いた俺は、久々の優越感に浸りながら答えを耳元で囁いてやった。
-かなわない
(俺も太一が好きだから問題ないんじゃないか?)
(そ、うなのかな?)
(太一がまた感想文書いて時代を飛んでくればな)
(またおっさんの一人暮らしを見なきゃならないのか…)汗
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