日和
□依存の庭
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-依存の庭-
幾度目かのさようならを聞いて、いっそ壊れてしまいたいと思ったのが半世紀前のこと。
また逢いに来ます、と涙ながらに感動的に、安っぽいエンディングを挿して終わった映画を目にしたその瞬間、嫌な記憶が鮮明に甦った。
「っ、」
古い記憶の中に埋もれていた映像と共にその時の感情も再生されて柄にもなく泣きたくなってしまった。
もうとっくに慣れたはずの自室の広さがそれを増幅させてきて、急に怖く思った次の瞬間には俺は部屋を飛び出していた。
広い部屋の大きな扉を開き、またもや広い廊下を全力で走る。
普段の運動不足がたたってすぐに息が切れたけどそんなの気にする余裕なんてない。むしろ頭に酸素が行かず上手く働かない分、感情だけに流されやすくなっていく。
(鬼男くん鬼男くん鬼男くん鬼男くん鬼男くんおにおくん、)
脳内では彼が消えていく映像がエンドレスリピート。しかも何パターンもあるから質が悪い。
バタンと乱暴に扉を開けるとこちらを振り返った鬼男くんと目が合った。
それで一瞬止まって、また先程の勢いで鬼男くんに抱き着く。加減をしなかった勢いは余ってふたりで床に転げた。
驚いた鬼男くんの声が耳元で聞こえるけど返事なんてしてる余裕はない。肉体的にも精神的な意味でも。
ぜいぜいと煩い呼吸を無理矢理飲み込んで自分勝手に一言。抱いて。
「…は?」
俺の言動について来れてない鬼男くんを横目に、俺は早速服を剥ぎにかかった。
ちょっと待ってくださいと慌てた声で静止をかける君。そうだね、今回はまだ恋仲じゃないもの。
鬼男くんの転生前の記憶が戻ってない俺達の関係は単なる上司と秘書。一世紀前は好き合っていたなんて夢にも思わないんだろう。
でもそんなこと気にかける余裕俺にはもうないんだよと心の内で小さく呟き行為を再開させる
と一瞬置いて視界が反転した。
「え、」
気付けば立場は逆転、鬼男くんに押し倒される形になる。動こうにも両腕はがっちり押さえられ腰の辺りにも体重をかけられているため動くことは出来なかった。
少し眉をひそめた鬼男くんと目が合ってどうにも気まずい雰囲気が流れる。何で突然こんなことするんですかと問い掛けてくる何も知らない鬼に真意を伝えるのはいけない気がして、溢れる気持ちをぐっと抑えた。
長々と生きてきただけあって、表情を偽るのには慣れている。
一度目を瞑って次に開いた時には俺は取り囲む雰囲気をがらりと変えた。
「…閻魔さま直々のお誘いを断ろうってゆうの?」
紅い目を細め、出来るだけ妖艶に鬼男くんに語りかける。涼しげな表情とは正反対の脳内状況は悟られないように慎重に。
秘書という立場を突き付けられた鬼男くんは不服そうな表情。それを肯定と取ってにやりと笑んだ俺は再び鬼男くんの服に手を掛けた。
「……貴方は何がしたいんですか、」
ふいに現状には全く不似合いな言葉が鬼男くんから漏れた。
え、と疑問を投げ掛けた俺だが鬼男くんの褐色の手が伸びてきて初めて理解した。
頬を伝う感覚。先程からずっと我慢していたはずのそれがいつの間にか溢れだしていた。
「っ、」
我が物顔で俺の肌に触れている鬼男くんの右手をぱしんと払いのけ、少し乱暴に目元を拭った。
上げた右腕をそのまま彼へと伸ばし目の前に持っていく。小さく呪文を唱えるとぱちんと何かが爆ぜる音がした。
「うっ…ぁ、な…何、をっ」
途端に呻きだす秘書ににっこりと笑んで答える。
「うん、ちょっとね。理性にどっか行ってもらおうと思って。」
「…っは…?、」
「わかんない?つまりはちょっとした催淫効果。」
告げた瞬間鬼男くんの顔が悔しそうに歪んだ。反して相当厭な笑みを湛えている俺は自ら着物の前をはだけさせる。
「ほら、きてよ。どれだけ酷くしても良いからさ…」
言うが早いか、俺は鬼男くんの手を掴んで自分の首筋へ持ってくる。そして少し長いその爪で肉を裂いてみた。浅い傷口からはぷつりと小さな血溜まりがいくつもできる。
それを見て箍の外れた鬼男くんが鋭い犬歯を俺の首筋に突き付けた。
喉笛を食いちぎられる一瞬前に洩れた言葉は鬼男くんの耳には届かなかったらしい。
またはらりと一滴目から零し激痛を待った。
-依存の庭-
「ひとりにしないで、」
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