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□哀翫
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限界を迎えるほんの一瞬前、耳元で吹き込まれた言葉が脳内を駆け巡り快感へと変わった。
一際高い声で叫んで達すると、ふつりと涙が溢れて零れる。
何、泣く程良かったの、なんて太子が茶化す声が聞こえるが涙の理由はもっと深いところにあるわけで。
それは1番聞きたかった言葉であり、同時に1番聞きたくなかった言葉でもあった。
「……妹子?」
「っ、なん、ですかっ…」
「気持ち良かったにしては泣きすぎでない?そんな私のテクすごかった?」
「う、ぬぼれんなっ、馬、っ鹿」
「うわひど」
何時までも泣き止まない僕に対して不審に思ったのだろう、太子が冗談めかした言葉で探りをいれているのがわかる。
(そんな、本心を知られるとかそれこそ冗談じゃない)
心の奥にしかと閉じ込めている想いを悟られない為にも、早く泣き止みたかった。それなのに想いをしかと綴じ込めてしまっているおかげでそれは叶わない。
「ちょ、妹子?」
「……」
突然立ち上がり赤いジャージを着込む僕に、太子が慌てた声を上げる。
未だ留まることのない涙を見られたくなくて無言で廊下を進んだ。月明かりに照らされすいと影が伸びる。
「妹子ってば!」
ぺたぺたと規則的に鳴っていた足音は太子に肩を掴まれたことで止まってしまった。
「……なんですか」
出来るだけ通常に戻そうと心掛けたものの、声はすっかり震えてしまっていた。
「なんですかじゃないだろ。何さっさと帰ってんの」
不機嫌なのを全く隠そうとせずに太子は直接問いただしてくる。
「…体調不良なので早退します。」
「妹子仕事で早退したことなんてないじゃん。」
「今行っているのは公務じゃないでしょう。」
「妹子にとってはおんなじようなもんだろ。」
「……違いますよ、」
「嘘。感情なんてこれっぽっちも入ってないくせに」
「っ……」
放たれた一言に俯けていた顔をばっと上げると細めて僕を睨みつけている太子と目が合った。
否定したいのに言葉が出てこない。僕はじっと見つめ返すだけだった。
「何その目。違いますって?現に妹子は今正に私から逃げてるだろ?」
「っ、」
「いままでさんざ酷いのに耐えて来たんだ。今夜は何ひとつ痛いことしてないのに、急に耐えられないなんてことないよな?」
獲物を追い詰めるような、罪人を責め立てるような口調で太子は話す。
僕は震える奥歯を何とか噛み締めて返した。
「…僕には温いほうが辛い。」
「え」
まさかこの状況で僕が返事をすると思っていなかったのか、太子の目が見開かれる。
「恋慕の情があるような生温いものなんて耐えられません」
「…痛いことよりも?」
「はい」
何の躊躇いもなくそう返すと、太子は見開いた目をそのままに僕をじ、っと見た。何かを探るような眼差しが僕を射抜く。
「…妹子って痛いの好きな人?」
「違います。そう見えますか?」
「見えない。」
「でしょう。」
「でもそれ以外妹子が痛いほうが良いって言う理由が思いつかないんだもん。」
「良いおっさんがもんとか言うな気持ち悪い。それに思いつかないんならそのままで構いません。むしろそのまま訳分かんないままでいてください。」
しまった、喋りすぎた。そう思いちらりと太子を見ると案の定顔を赤らめ右手で後頭部を掻いていた。何でそんなとこだけ察しがいいんだ畜生。
「…もう一個思いついたけど自意識過剰っぽくて間違ってたら大分恥ずかしいことになる、んですが………間違ってるかな?」
「…間違ってません」
「じゃあ私と妹子がきちんと意志疎通出来てたらここはものすごい感動する所でしょ?なのに妹子は何でそんなつらい顔してんの」
「わかりませんか」
「…なんとなくわかる」
そうやって真面目な時に傷を拡げないように気遣かってくれるところも好きだ、と感じてまた胸が痛くなった。
「つまりは罰なわけな」
「……」
「それは妹子に対して?それとも私?」
「…すみません」
太子ははあ、と溜息をひとつついてから真面目だなあと呟いた。
「まあそこも好きなんだけど。」
え、
と僕が俯けていた顔を上げると、太子の顔がすぐ横にあった。
「望み通りぐちゃぐちゃに抱いてあげる」
ひどく掠れた声で耳元でそう囁かれもう理性も何も残ったもんじゃなかった僕は、黙って太子に付いて寝室へと戻る。
「すみません太子、」
歩きながらそうぽつりと呟くと、太子は黙って僕の肩を抱く。
月明かりに照らされている広い廊下はなるほど、春が来ようとしているのに未だ肌寒く感じた。
哀願 [アイガン]
同情心に訴えて願い頼むこと。また,その願い。
愛翫 [アイガン]
大切なものとして,かわいがったり,慰みにしたりすること。
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