-小説-

□座敷牢
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 くすくすくすうふふうふうふふあはあははあはあはははあははあはは



 当主は狂っているのだと聞いた。

当主は僕だ。狂ってなどいない。むしろどうかしているのは僕をこんな所に閉じ込めるやつらの方だと思う。

薄暗い、座敷牢。

障子の手前に格子が見える。埃が舞う部屋に、細く光が射しこんでいた。
僕がここに閉じ込められてからもう三年が経つ。訪れる人間は少ない。食事の時に顔を出す家政婦くらいだ。

実に腹立たしい。

何故、こんな事になってしまったのか。

そう、理由があるなら、間違いなく奴のせいなのだ。
あいつがいるから、僕はまだここから出られない。
目障りなあいつが僕の前に現れるから、僕は僕で居られなくなる。
それだけなのだ。僕は正常だ。おかしいのはあいつなのだから。


―――くすくすくす。
―――嘘だな。
――いい加減認めたらいいのに。
――おかしいのはお前の方なんだ。朔月(さくづき)、狂っているのはお前だ。

 五月蝿いな。

うるさい。頭が痛くなる。その顔が見えるたび、僕はいらいらする。もう来るな。お前は要らない。紗月(さげつ)、お前はだれなんだ?

 ――違うだろう?朔月。お前だろう?要らないのは。お前の本体は、誰だと思う?お前はだれだ?俺か?

 違う。


「こんにちは」

 久しぶりの実家は乾いた線香の匂いがした。
いつも迎えてくれる家政婦が、今日は留守のようだったので、本家の玄関へ回って挨拶する。

外の熱気が感じられないひんやりとした空気が満ちていた。都会の喧騒を離れたこの田舎では、騒がしい車のクラクションや人々の喧しい話し声は聞こえない。
暑さを引き立てるような蝉の鳴き声と、時折聞こえる縁側の傍に掛けられた風鈴の音色が、実家に帰ったことを教えてくれる。ふと無意識に額を流れる汗を拭いていた。

「お帰り」

 奥から声がして顔を上げると、磨きこまれた廊下の向こうからするすると人影が現れた。
和服の男だ。志賀清隆(しが きよたか)。彼はうち――つまり志賀家の跡取り、当主だ。

普段書斎にいるのであまり会うことはないのに、直々に出迎えとは珍しい。

「急に呼び出してすまなかったな利明(としあき)。結構――大変なんだ」

 適当に切られた髪をかき回しながら、彼は面倒そうに眉を寄せて煙管を咥えた。
まだ若い。
といっても、兄と同じになるはずだから、実際利明とは十は年が離れている勘定になる。

利明は少し黙ってから小さく訊いた。呼ばれた時から嫌な感じはしていた。

 「それで――兄さんは――どうしたの」

 清隆の表情が曇る。くるりと背を向けて片手で奥へ入るよう促した。

 「朔月はもう駄目だ。――だからお前を呼んだんじゃないか」
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