-小説-

□花魁・続章
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真っ白な髑髏のような月が、虚空の中上っているのを見るのは、
この両の眼の眼窩から、目玉が流れ出してからというもの、初めてのことではなかっただろうか。

私の両の眼はすでになく、もう明瞭にはものが映らないが、形ばかりはなんとなく解った。

もっとよく見ようと、前に乗り出してはみたものの、
如何せん先ほどから執拗に、
赤い打掛を着た歯黒が、私の右裾を引っ張るのでそうもいかない。

半ばあきらめて六畳間につり下がった裸電球を眺め、水煙草を咥えて銀糸の座布団に腰をおろしていると、どこからかこつこつと音がした。

知らぬ間にするりと襖が開くと、
青い顔をした気味の悪い生首が、
長い棒で床をつつきながら入ってくる。

聞くところによると、
私に訪問客がいるらしい。

いったい此処がどこで、誰が私に会いに来ているのかさえ解らぬままであったが、
その気味の悪い生首に従うことにした。
生首は腐りかけているのか、
唇の先がぐずぐずと崩れ、
目玉は半分飛び出していた。
しかし、目玉がある分だけ、少し羨ましい。

私は名残惜しそうに裾を引っ張ろうとする、年嵩の歯黒の手を払い、
襖を抜けてしばらく歩いた。

やがて、
生首は板敷の座敷に私を通した。
大したことのない座敷であったが、
壁の一角に金色の祭壇が備えられ、
その上の、少し高くなった雛壇のような場所に、
それは置かれていた。

その顔は確かによく覚えている人間のものであり、
私が生前、呪い殺した男の顔であった。
彼は私が前に立つと、ぱっちりと目を開け、
何度か瞬きをするとまた目を閉じた。

彼も生首同様に、
首から下を失っているようであり、
雛壇に飾られているのは、首だけであった。

訪問客といっていたが、
どちらかといえば私が訪問しているようであった。
首は何も語らず、祭壇の上に、ただ、小ぢんまりとしている。
私にはその光景が、
なんだか、ひどく、滑稽に思えた。

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