-掌編小説-

□隙間
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隙間がこわい。
どうして隙間なんてものが存在するのだろう、と思っていた。
隙間、すきま、す、き、ま。
押入れの隙間。引き戸の隙間。食器棚の隙間。箪笥と机の隙間。
ああ。
僕は隙間が嫌だった。

以前クローゼットの扉が少し開いた。
建てつけが悪かった。
隙間が出来ている。
扉の奥が見えた。

真っ暗で何も見えない。でも何も見えなくてもそこにはクローゼットの中が存在する。
でも本当に入っているのは僕の知っているクローゼットの中身なのか。
真っ暗で見えないんだもの。
何もわからないんだもの。
開いた隙間の分だけ部屋は暗さを増した。
ああ。
黒いよ。
なんか嫌だ。

僕は黒いガムテープでクローゼットの扉を塞いだ。
闇が滲み出てくることはなくなった。
ほっとした。
けれど、今度は別の場所の、同じような隙間が気になった。

食器棚も、透明なガラス越しに中が見えるけど、
どうしてちょびっとだけ扉が開くんだろ。
開いたら透明な何かがその隙間から出てくる気がする。
僕は食器棚もガムテープでとめた。

その頃、僕は恋人が出来た。
黒髪の可愛らしい子だった。
彼女は初めて僕の部屋に来たとき、部屋のあちこちにガムテープが貼ってあることを不思議がった。

ぴったりしていないと気がすまない。僕のそういう神経質さを彼女は知っていたから、彼女は几帳面すぎるよと言って笑っていた。

けれど、彼女と付き合ううち、僕は彼女のずぼらさに少しいらいらし始めた。

彼女はシャワーを浴びても浴室の扉を完全には閉めない。
食べかけのコンビニ弁当の蓋も箸が挟まったままで完全には閉まらない。
布団を押入れにしまうのも無理やり入れるから天井との間に隙間が出来るし扉も完全には閉まらない。
やめてよ。
閉めてよ。
気になるだろ。
なんで気にならないんだろう。

僕は彼女の後始末をきっちりとする。そういう態度に彼女が辟易し始めたのにも気付いたけれど、そうしなければ気になるのだから仕方ない。それで彼女が去っていくなら、それも仕方ない。

ただ、彼女はそれ以上に、なにか僕に対して変な目で見るようになっていった。
僕は部屋の内装をあらかた変えた。

机と箪笥は壁に寄せてぴったりくっつくようにした。それで余るスペースには別の荷物をきちんと積んで部屋に隙間が出来ないようにした。
押入れの引き戸もステンレス製に替えて鍵も掛かるようにしてとにかく閉まるようにした。
開閉式の扉も開け閉めがきしむほど、とにかくきっちり閉まるものへ変えた。

以前イタリアで見た家が羨ましい。
イタリアのマンションは隣の家との境さえ全然なくぴったりと建っているのだから。
あんな風にしたい。
そう思ったけれど、さすがにそれは出来なかった。

そのほか、まだ自分ではどうしようもない隙間に至っては、とにかくガムテープを貼り続けた。

僕の家は黒いガムテープだらけになった。

彼女が泊まりに来た日だった。
彼女は久しぶりに見た僕の部屋に驚いた。
僕の部屋はもう自分でもよくわからないくらいガムテープで覆い尽くされていた。

それでも彼女は逃げようとはしなかった。
彼女は僕にキスをすると自分の部屋へ来るように誘った。
でもずぼらな彼女のこと、部屋に隙間がないわけがない。
そんな部屋で落ち着いてできるとは思えない。

僕が頑なに拒むと彼女は仕方なく僕の布団へと飛び乗った。

一枚ずつ彼女の服を脱がせた。
セーターを脱がせて、スカートを下ろして、下着を剥ぎ取った。
彼女は僕を受け入れる。

月明かりの差し込む薄暗い部屋で彼女の白い肌は僕に絡みつく。
その唇を貪るように塞いだ。彼女は目を閉じていた。
ゆっくり離す。

唾液が糸を引いて落ちる。
その唇は薄く開かれて薄い歯が覗き、
その奥には真っ暗な闇が広がっていた。
薄く開かれた隙間から闇が。
恍惚に浸る彼女の瞼は半分開いていた。その隙間から虚ろな視線が僕を見ていた。
隙間から。
すきま。
彼女にも隙間が。

僕は絶叫した。

驚いて跳ね起きた彼女を僕は押し倒した。
近くにあったネクタイで彼女の足を縛り、
そうしている間に僕は黒いガムテープを出してきた。

塞がなきゃ。
塞がなきゃ。
早く塞がなきゃ。

僕は彼女の口をガムテープでとめた。
目も、鼻も、耳も、顕わになった下半身も何もかも、
彼女から隙間を感じさせる穴という穴を塞いだ。僕は彼女をガムテープでぐるぐるにし尽くした。

もう彼女には白い肌しかない。
もう隙間はない。もう闇も滲み出ない。もう怖くない。大丈夫。

彼女は月明かりの中でしばらく悶えるように動き、やがて静かになった。

翌日僕は手錠をかけられた。
窒息死ですね、と後ろで警察の誰かが話しているのが聞こえた。

「――性的倒錯による犯行ではないかと――」

刑事さんそれは違います。

僕にはそんな性癖ありません。

僕はただ怖かったんです。ただ隙間が怖かっただけなんです。
彼女の中に隙間を見るのが怖かったんです。

でもきっと刑事さんはそんなことわかってくれないでしょう。

僕は拘置所に連れて行かれる。薄暗い拘置所へ僕は向かう。

そこが隙間だらけでなければいいと、僕は心よりそう思う。

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