-創作BL-
□少年Yによる先輩Yに対する供述 1
1ページ/1ページ
先輩が本のページを一枚破った。
それを元の書棚に戻した。僕はそれを見ていた。
その本は同じものが三冊あって、先輩が取ったのは真ん中の本だった。
僕はそれを手に取る。
市営図書館だった。あたりに人は少ない。
先輩が破ったページは最後のページだった。何かメモでもされていたのだろうか、よくわからない。
表紙を見ると官能小説だった。
僕はそれを鞄に入れた。
*
「おい」
呼び止められた。
振り返ると先輩が見ていた。何人か引き連れていた。
「おまえ、本、見たろ」
「見ました」
僕は先輩たちに書庫らしい小さい部屋に連れて行かれた。
窓のない狭い部屋だった。周りは本だらけだった。
僕は何人かに押さえ込まれた。先輩は少し離れて見ていた。
「脱がせろ」
僕の学ランが半分ほど脱がされた。素肌が白熱灯に照らされた。
自分の身体だけれど、なんだか情けないほど白く見えた。
鰻。
と思った。
そのあと多分そんなことを考えている状況でないと思った。
これはリンチに違いない。
リンチの構図である。
リンチ。
素敵な響きだ。
先輩が煙草に火をつける。
僕のそばに来て、胸の前で翳した。
「根性入れてやるよ」
近づけられると副流煙の匂いがした。先が焼けていた。
「どうせなら別のものを挿れて欲しいんですが」
「は?」
先輩は離れた。煙草を吸った。煙が流れた。指で何か合図をする。それに沿ってか僕は何人かにタオルで口を塞がれた。唇の端が切れて血が出た。
先輩の指が下を向く。何かの合図だろう。
指一本で人に指示ができるなんて羨ましい。先輩は素敵だ。
僕は抵抗しなかった。
抵抗しないことが先輩への抵抗な気もした。
癇に障ったようだった。
何度か蹴られた。
痛かった。
革靴の底に先輩の体重がかかる。
思っていたより重い。先輩細いのに。それとも足の力が強いのか。
なんとなく笑っていたのが益々先輩の癇に障ったようだった。
殴られたり、蹴られたり、切られたり、最終的にはズボンを脱がされた。
高揚した。血が落ちた。
僕は笑っていた。
先輩は少し怖気づいているように見えた。
*
気が付くと僕は帰り道を歩いていた。
いつものように学ランを着てショルダーバッグを斜めに提げていた。
空は暮れかかって、東の方はもう濃紺に近かった。
目の前をトラックが過ぎる。
鞄から本を取り出した。
先輩の破り取ったページのぎざぎざした断面をなぞる。
そういえばそんなに怪我をしていない気がした。
先輩は途中でリンチを止めたのだろうか。
残念だ。
多分僕は先輩に勝ったのだ。先輩を退けた。
この本がここにあることがその証明に近い。
残念だ。
多分僕は先輩が好きなんだろう。
だから、非常に、残念だ。
先輩に殴られることを考えよう。
最初にそう思ったのはいつだったか。
僕は先輩を尾行するようになった。
先輩の生活をなぞるように生活する。先輩のしたことと同じことをする。
多分気の短い先輩は、それに気付けば嫌がって僕を殴るだろう。
あ、もしかしたらページを破ったのもその所為だったのかもしれない。
同じ本の同じページは二度破れない。
僕に軌跡をなぞられたくなかったのか。
頭の回る人だ。
でもそうか、それならまだ僕の負けだ。
そう、僕は先輩に勝ってはいけない。
先輩は勝ち続けなければならない。僕のために。
でもこうして僕が負けることが僕の計算内ならば、それはやはり僕の計算勝ちであり先輩は勝てない。
難しい。
本当の先輩の勝利は僕を絶対に喜ばせないこと、先輩の不意打ちに従って僕を負かすことでしょう。
ここまで僕が考えている時点で既に先輩は不意打ち的勝利で僕を負かすという手段は現段階で潰された。
いや、もしかしたら。
先輩がリンチを止めたのはそのためだったのかもしれない。
僕が先輩を退けたと思ってしまったことが、僕の負けだったのかもしれない。
あの時点で。
先輩は僕を絶対に喜ばせてくれないつもりなのだ。きっと。
これからも先輩は僕をかわし続けるだろう。殴る蹴るの暴行が僕に無意味だと知ったら、きっと別の方法で僕をがっかりさせ続ける気だろう。
先輩。
それでこそ僕の尊敬する先輩です。
先輩がそのつもりなら僕は尾行以外の方法で先輩を怒らせよう。なんとしてでも。
そしてそんな僕に屈しないで僕を屈服させ続けてください。どんな手段を使っても。
それでこそ僕の尊敬する先輩です。