-創作BL-

□少年Yによる先輩Yに対する供述 2
1ページ/1ページ

一年一組、20番、小鳥遊 夕(たかなし ゆう)。
二年一組、20番、高梁 佑(たかはし ゆう)。


必然として出会った。といったら、格好がいいかもしれない。

だが往々にしてこういうものは、ただの偶然の重なりであり、
偶然の重なり合いにして、必然が必然的につくられていくのでありました。

一年の小鳥遊 夕が、二年の高梁 佑に惹かれたのも、小鳥遊が純粋なマゾヒストであったことも、高梁が純粋なサディストであったことも、あるいはただの、偶然であり、偶然見つけてしまったものの中から、彼は必然を見てしまったのであります。運命的という必然を。

そしてそれらの誤解から、彼らは本当の運命をつくりだしていく羽目になるのです。
つまり、それが、わかりやすくいうなれば。

恋というわけです。


**

「先輩、付き合ってくれませんか」

「どこに?」

「どこに――ではなく、恋人になって欲しいという意味です」

「誰の」

「僕のです」

高梁先輩はしばらくそのままの表情で黙った。
僕は先輩が止まっている時間をその間なんとなく数えていた。
先輩は18秒後に、いいけど、と言った。

「――えっ?――いいんですか!?」

「別にいいけど」

先輩は煙草を咥えた。
図書室だというのに、司書がいないのをいいことに先輩は好き勝手なことをよくする。
今日は、まだ休みだから人はいない。
何人か、用のあるものしか来ていない、春休み中だ。

「いいけど、それで、どうしたいの。俺となにしたいの」

「な」

少しどもった。先輩がマッチを擦って火をつけた。それを折って消した。

「殴られたいです」

先輩の手が上がる。僕は身構えた。ぶたれると思ったけれど、先輩はぶたなかった。

「――他には」

「ええと――密会」

「隠れる必要あるのか?」

「ううん、まあ、ないと思います」

「じゃあ、ちょっと、付き合え」

そう言って図書室を出た。先輩のあとについていった。

春が来た・・・。

実際、比喩表現ではなく春が来てもいた。桜が咲いている。蕾がほんのり色づいている。

先輩の学ランが翻るのを後ろで見ていた。先輩は僕を振り返らない。

そのまま、先輩は市営図書館にやってきた。
古典の棚を眺める。

「先輩、図書館によくいますよね」

「うん」

「本好きなんですか?」

「うん」

「意外です」

「どういう意味だ」

僕は無視して続けた。

「どういう本を読むんですか」

「ボオドレエルとか、ランボオとか。詩が好きだな。西洋の」

「本当に読むんですね。本当に意外です」

「殴っていいか?」

「よろこんで」

先輩は殴らなかった。逆に僕に訊いた。

「お前はどういうのが好きなんだ?お前もよくいるよな、図書館に」

「江戸川乱歩とか、横溝正史とか、小栗虫太郎などが好きです」

「探偵小説が好きなのか。――なら、もう少し尾行の練習をすべきだな。お前が俺を付け回していたことくらい、完全に俺にはばれてるぞ」

「いいんです。それはばれるようにやってるんですから。気付かれてまずいことは、気付かれないようにやっています」

先輩が一瞬驚いたように目を開いた。僕は棚を少し眺めて、本を一冊引き抜いた。

「一番好きなのは、この本です。夢野久作の、ドグラ・マグラ」

「ドグラ・マグラ?――読破すると、一度は精神に異常をきたすといわれる三大奇書だな。確かに、難解な小説だった。なるほど、それでお前はそんなにトチ狂っているわけか」

「先輩も読んでいるんじゃないですか。それに、だれしも何かはトチ狂う要素を持っているものじゃないです?その琴線に触れたとき、人はおかしくなるのではないです?というか、僕はトチ狂ってません」

「悪いが俺にはその琴線はあいにく無いな。琴線があるものだけつまり、ドグラ・マグラの狂気に触れてしまうものだろう。つまり、お前のような。安心しろ、人のことを影でこそこそ付け回したり、探りを入れてる時点でお前は充分トチ狂っている」

先輩は僕の手から本を奪い取って、背表紙の取れかかった古い本をパラパラ開いた。

「しかし、お前みたいないかにも優等生ですって顔したやつが、こんな大衆小説ばかり好きで読んでるなんてな。おかしいの」

「先輩だって、頭悪そうな顔して高尚な趣味をお持ちじゃないですか」

本の角で思いっきり殴られた。頭を抱える。僕は少し笑った。先輩は少し不機嫌そうに本を元の場所に戻した。

それから少し外に出て、二人で歩いた。二人とも、本を借りてこなかった。借りずとも、どうせまたすぐ来るからだ。

しばらく砂利道を歩いた。
先輩は、途中のベンチの前で一度立ち止まると、お前そこで待ってろ、と言った。

「なんか飲み物買ってきてやるから」

あれ、と思う。

先輩とずっと一緒に過ごしていた時間なんて少しもなかったから、ちっとも気付かなかったけれど、もしかしたら、本当は優しいところもあるのかもしれない。

意外だなあ。と、思った。
矢先、先輩の手が座った僕の前に差し出された。

「だから早く金出せ」

そうくるか。
僕は紙幣を差し出した。そうしたら頭をはたかれた。

「馬鹿。財布ごと出せよ、こういう時は。気のきかねーやつだな」

先輩は僕の鞄を勝手に漁って財布を引き出した。あっ、とつい声が出た。
先輩は僕の慌てたような様子に少し嬉しそうな顔をした。

「なんだよ、見られちゃまずいもんでも入ってんのか?好きな女の写真とか?」

あながち間違いではなかったが、先輩は僕が好きな相手が先輩であるということを忘れている。

つまり僕が持っているのは、先輩の盗撮写真なのであって、そんなの本人に見られたらまずいに決まっている。

「返してください!」

「嫌だね」

僕が立ち上がって取り返そうとするのをあっさり払って、先輩は財布を開けた。
ついでにみぞおちを蹴られた。

「あれ、なに、これ。俺!?」

「返してください、僕の写真です」

「俺の写真だろ・・・。なんだよこれ、いつの間に撮った?――しかしよく撮れてるな。ライカか?」

先輩は再び腕にしがみついた僕を振り払い蹴倒して、そのあとにそれをびりびりと破ってしまった。

「付け回してたと思ったら今度は隠し撮りか。この変態ド腐れ野郎め。お前に俺を写す権利はねーんだよ」

ひらひらと足元に舞い散った写真を見ながら、僕はその場に両手をついた。
そのうなだれた後頭部を先輩は革靴で踏みにじった。
それから僕はつま先で頭をはじかれた。

「次やったら酷ぇ目に合わせるからな。覚悟しろよ」

そう言って先輩は飲み物を買いに行った。
酷い目ってなんだろう。
少し楽しみではある。

それにしても。

僕は足元に散らばった写真を眺めながら思った。

先輩は少し浅はかである。
短気な性格が災いしているのか、こんなに簡単に破ってしまうなんて――。僕が先輩なら、回収するが、破らないだろう。

写っている先輩の服装や、周りの景色、咲いている花。撮られた角度。
それらを総合して考えたら、いつ頃どの辺りで撮られたか――それが、先輩の通学路で夏頃撮った写真だということくらいすぐにわかる。

まして、これだけ鮮明に、それも、先輩に気付かれず先輩の顔をしっかり写せる場所なんて、かなり限られてくる。

それがわかったら、これからの僕の動きをある程度規制することなんて簡単だ。
盗撮なんて一回や二回じゃ終わらない。
大体、先輩は今、それがライカで撮ったものだと瞬間で判断できたのだから、少し考えればすぐわかるはずだ。

それとも、そこまで考えて、しばらく僕を泳がせるつもりなのか。

どうせなら、もっと際どい写真でも入れておいて先輩を煽ってみるべきだった、と僕は思った。

ちなみに今の写真は焼き増しがあるので問題ない。

そんなことを思っているうち、先輩は両手にラムネを持って戻ってきた。

「ラムネでいいか?」

いいかと訊かれても選択肢はないので僕は受け取った。先輩は僕の隣に座った。

「小鳥遊」

「はい」

「恋人になった、てことは、なにしてもいいってことだよな?」

瞬間、固まった。驚いて黙った。先輩は半眼になってラムネを少し飲んだ。

「逆に言って、なんでもしてくれるって思っていいのか?」

「――いいです」

「お願いがあるんだけど」

先輩は僕に顔を近づけてそう言った。
薄い唇が触れそうになって、硬直する。
先輩の蛇みたいな指先が、僕の学ランに触れた。

指先は胸を押して、徐々に下に滑った。身体の内側から焼かれるような気がした。僕の鼓動が速くなるのを知ってか、先輩は楽しそうに見ていた。
挑戦的な目だった。

「なんでも、します――高梁先輩」




始業式になった。
式が終わった放課後、僕と先輩はまた図書室で会った。

この前と同じで、人は居なかった。
よほど活用されていないと思われる。

「先輩、これ」

僕は頼まれていたものを差し出す。
先輩はうん、と言って受け取った。茶封筒だった。

先輩はその場で開けて中身をパラパラ見ると、よし、と頷いた。

「さすがは秀才小鳥遊。こんな面倒なものをよくこの短期間で」

「いえ――」

先輩は満足そうにしていた。それから、言った。

「ありがとな」

微笑んだ。

あ。

普通に笑えるんだ。

そう思った。先輩の初めて見る純粋な笑顔だった。
なんだか少し、嬉しいような、恥ずかしいような、くすぐったい気持ちがした。


四日前、僕は図書館からの帰り道で先輩に「お願い」をされた。

二年の学級教材で配布される英語冊子の和訳である。

進級課題として二年生には提出が義務付けられているが、先輩はその課題を僕に押し付けた。

難解というほどではなかったが、容易というほどでもなく、僕は数十頁に渡る冊子を訳した。

先輩だってこう見えて頭は回るのだから、すぐに出来るだろうと思って言ったが、あっさり拒否された。

「出来ることとやりたいことは違う。俺はその冊子を訳すことは出来るがしたくはない。以上」

だそうだ。
結局その日のうちに帰って僕が訳した次第である。

しかしこれでまた先輩と仲睦まじく――かどうかはわからないが、うまくやれるなら嬉しい限りだった。
僕は先輩に命令されるだけで嬉しかった。
先輩に触れられた部分が熱を帯びて、その分僕の頭の回転が速くなっていた、気がする。

僕は茶封筒に中身を戻した先輩に言った。少し頬が熱くなっていた。

「先輩――次、いつ、会えますか」

「いや、もう会わない」

「え――?」

一瞬、耳を疑った。先輩はまたいつものように煙草を咥えた。

「恋人ごっこはもう終わりな」

「な、――なんでですか!?恋人ごっこってなんですか、一日しかやってないじゃないですか」

「だって先に嘘言ったの、お前じゃん。俺が好きなんて、嘘なんだろ」

「なん――、どうして・・・!本当です!付き合って欲しいっていうのも本当です」

「ああ、そうなの?ごめんごめん。悪ぃーな。でもま、許せよな。だってほら、お前に告られたの、一日だったから」

僕はカレンダーを見た。今日は四月五日だった。先輩は軽く片手を上げて後ろを向いた。

「先輩!」

「まあ、会わないってことはないだろ、またそのうち気が向いたら遊んでやるよ、同じ学校なんだし」

「せんっ」

「とりあえずお前が本気なんだってことは認めてやるからさ」

「せ」

「じゃーね」

引き止める手も虚しく、僕は崩おれた。斜め上から見たらとても残念な感じだったと思う。

そんな。

あんまりです。先輩。

先輩は入り口の傍まで来て、あ、となにか思い出したように僕に振り向いた。少し戻ってきた。

「まあ、お前には本当感謝もしてるからな。忠実でよく出来た犬にはご褒美をやろう」

先輩は言うなり自分の鞄を漁ってなにかをつまみ出した。
それがなにか認識する前に、先輩は僕の顔にそれを叩きつけた。痛かった。ビチ、と音がして僕の頬の上で液体がこぼれた。

「お前みたいな変態にはそういうのがいいんだろ。それですれば?最高のご褒美だろ。もっとも、それが俺のだという保障はねーけど。じゃーな」

そうして先輩は颯爽と去っていった。きちんと扉まで閉めていった。

足元には使用済みのゴム製の避妊具が落ちていた。

他人の使用済み避妊具を持っているわけがないから、先輩のだろう。

女でもいるのか、一人でしたのか、いずれにせよ今日僕に渡すためにこんなものを一日持ち歩いていたなら、先輩も充分に変態だ。

僕はそんな先輩に、改めて惚れ直した。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ