-創作BL-

□桜の頃
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桜が舞う……

ふいに風に煽られて髪が靡く。漆黒の短い髪がさらさらと風に揺れた。薄紅の花が舞ってゆく。

あの人は、来てくださるだろうか…
楓丸は大きく花開く大樹の桜を見上げた。
いつか、聞いた。この桜の木の下で口づけを交わした二人は決して離れることがないと…

菊之丞は決して口づけなどしない。そんなことはわかっている。ただ、それでもせめて、同じ桜の木の下でこの美しい景色を目に焼き付けておきたかった。
もう、そう長くない余命を生きる菊之丞と共にいられるのが、これが最後かもしれないと、春がくるたび思いながら。

暇(いとま)を貰って今日は芳町から永代橋まで足を運んだ。大川の流れは緩く、散った花びらを流してゆく。
楓丸の赤い着物の裾には、桜が施してある。黒地に金糸の刺繍を入れた帯が、桜の中で一際輝く。

楓丸は芳町の若衆茶屋の陰間だった。誰か一人のものにはなれぬ身。けれど、菊之丞への思いだけは、純粋なまま、まっすぐに存在し続けた。
たとえ、菊之丞が亡くなって、一人きりで身体を売り続けようとも、この思いだけはきっと止められない。
これが、最初で最後の恋なのだろう。楓丸はそれを知っていた。

さらさらと枝が靡く。

いつになったら、あの人は来てくれるだろう…
約束をしたわけでもないのに、きっとここで巡り合うとどこかで思っている。
目を閉じて、桜を思い浮かべる。
艶やかに咲き、儚く散っていく。それは人の一生にも似ているかもしれない、と思った。

あの日。
菊之丞は楓丸を買い置いて、指一本触れなかった。そして言った。お前は美しいと。最初は容姿が、次には精神が、美しいと言った。
楓丸は菊之丞の、まっすぐに人を見つめる眼が好きだった。
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