短編

□02.
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2月14日。


「千秋様!バレンタインチョコ受け取って下さい!」

「蓬生君!一生懸命作ったの、よかったら食べて下さい!」


女子生徒に囲まれるのは、彼らにとって日常茶飯事。これといって珍しい光景ではない。


ただ、この日ばかりは特別だ。

いつものとりまきプラスアルファーで、どさくさに紛れ神南の生徒から他校生、はたまた先生まで多くの女性達が彼らへ愛のこもったチョコを手渡してくる。


朝の登校時。
学校へ近づくにつれて手渡されるチョコの量が増していく。

誰が一番初めに渡すか。
ココから彼女達の戦いは始まっているのだ。


学校に着いた頃には、両手一杯にチョコが詰まった紙袋を提げているありさま。


「千秋。まず部室行くやろ?」

「当たり前や。こんなん抱えて教室入れるか。」


ここぞとばかりに群がってくる女子生徒達をさり気なく交わしながら、下駄箱で上履きに履き替え、止む事の無いチョコレート攻撃に少々ゲンナリしながら、彼らが所属している管弦学部の部室へと向かう。

その際にも、すれ違う女子生徒達からのチョコは止まない。


やっとの思いで部室へ到着すると、部長権限で所持している部室の鍵を手持ちのバッグから取り出し、おもむろに千秋が鍵を開けた。

完全防音の部室の扉は少し重く、利き手に持った5袋程の紙袋を一度床に下ろし、それから扉に手をかけ勢い良く開ける。

扉が開いたと同時に「お先に」と声をかけ、蓬生が両手にたんまり抱えた紙袋を気にしながら部屋の中へと入った。


「あかん。ほんま疲れたわ。」

「気のせいか?去年より多くないか?」


先に部屋に入った蓬生が、窓際にある長テープルにチョコが詰まった紙袋を無造作に置き、近くにあったパイプ椅子に深く腰掛ける。

遅れて千秋も同じように紙袋をテーブルに置いた。


「気のせいとちゃうよ。ほら、今年文化祭あったやん。あれで千秋目立ちすぎだんとちがう?」


蓬生の言葉に、「そうか?」といいながら小首をかしげる千秋。


「こんなん、今日一日続くんか?」


ため息に混じりに蓬生がこぼすと、「毎年のことやろ」っと千秋が返す。


「はぁ〜・・・別にええんやけど・・・今日一日避けられるかと思うと、きっついわ〜。」


この言葉にも「毎年のことやろ」っと千秋は返す。

どうやら幼稚園より親交のある幼馴染は、彼らのとりまき達が大の苦手のようで、今日の様なイベント事がある日はあからさまに2人を避ける。


「こうして《罠》も仕掛けた事やし、さっさと教室行くぞ。」

「そやね。放課後が楽しみやわ。」


顔を見合わせてそんな会話を交わすと、2人は重い腰を上げ部室を出る。

この時千秋と蓬生は部室の扉の鍵を閉めなった。忘れた訳ではない。ワザと千秋達は扉の施錠をしなかった。

閉めてしまっては意味が無いのだ。《誰でも自由に》この部屋へと出入りできるようにしたのだ。

そしてその理由は、彼らの言葉通り放課後にわかる事になる。



少々自分に自信があり、少々勇気がある女の子達は彼らに直接チョコレートを渡す。

だが世の中には引っ込み思案な、内気な女子の達もたくさんいる。

チョコレートを渡したいけど面と向かって渡すのははばかれる。でも、自分の存在を少しでも知って欲しくて渡したい。

そんな乙女心を満たしてくれるのが、この《鍵の開いた管弦学部の部室》だった。



間も無く午後の授業が終わるという頃、そっと、誰も居ない時間を見計らい、1つの影が鍵の開いた部室の中へと入る。

扉を開けて正面にある窓際には、思い思いにラッピングが施されたチョコレートの小山が2つ、長テープルの上に出来上がっていた。

さらに、テーブルの足元には乗せきれなかったチョコレートが更なる山を形成しつつあった。

ざっと見積もって、軽く100個は超えているのではないだろうか。

幼馴染の人気ぶりに深いため息をこぼし、そっと、左側の小山を覗き込み誰宛のチョコレートなのか確認をする。

小山の頂上に置かれたハート柄の包装紙には、《土岐さんへ》というハートマークの付いたメッセージカードが添えられていた。

どうやら左側の小山が蓬生宛のチョコ。右側の小山が千秋宛のチョコらしい。

大切に胸に抱いた2つの紙袋の内、白地に青のレースのリボンで包んだ箱を、そっと左側の小山の目立たない端っこに置いた。

そしてもう1つ。白地に赤色のレースのリボンで包んだ箱を、右側の小山へ同じく目立たない端っこに置いた。

昨晩、住み込みで働いているお手伝いの木下さんに手伝って貰いながら、一生懸命手作りしたチョコレートだ。

満面の笑みで「これでよし!」っと小さく呟き、そっと音をたてないように静かにその場をあとにした。




「あれまぁ・・・はよ、千秋見てみ。」


放課後、再び訪れた部室の中は溢れんばかりのチョコレートの山で埋め尽くされていた。


「来年からは家へ郵送して貰うか?」

「それ名案やな。」


とは言いつつ、自分達の個人情報を無闇にばら撒くつもりは無いので、来年もきっと同じ状況なんだろう。

朝の時点では綺麗に分かれていた境界線も、今では薄っすらとしかわからず、何処までが互いの領分なのか有耶無耶の中、せっせと管弦学部顧問より恵んで貰った紙袋にチョコレートを詰めていく。

遠まわしに「部室を荷物置き場にするな」「さっさと持ち帰れ」という意味なのだろう。



「あったで、千秋。」


無言で延々と袋にチョコを詰めていくという作業を行っていると、蓬生が1つのチョコレートを千秋の前に差し出してきた。

手に持つそれは、白地に青のレースのリボンで包まれた両手に収まるほどの小さな箱だった。


「お前、相変わらず見つけんの早いな。」

「これを楽しみに今日一日我慢したんやで。当たり前やないの。」


大事に箱を目の高さまで掲げ、見上げるその眼差しはどこか愛しいものを見るような表情で。

カラフルな包装紙に包まれているチョコがほとんどの中、このチョコだけは柄も入っていない真っ白な包装紙に包まれていた。

去年はピンク地に白のリボンだった。一昨年は青色と白色の水玉に真っ青のサテン生地のリボンだった。

毎年違うラッピングで届くそのチョコレートには、必ず同じうさぎの形をしたシールが貼られていた。

そしてそのうさぎの形をしたシールの表面には、毎年必ず同じ言葉が添えられている。



《ほうちゃんへ》

《どうぞめしあがれ》


と、ラメの入ったピンクのペンで、丸みかかった可愛らしい字で、お決まりの言葉が書かれていた。


小学校5年生の頃から直接チョコレートを手渡してくれなくなった幼馴染。

年を追うごとに貰うチョコの数が増えて、教室に収まりきれなくなった頃。千秋の提案で部室の一角をチョコ仮置き場にするようになった頃から、大量のチョコレートの中に幼馴染からと思しきチョコが紛れるようになった。

何故彼女からのチョコだとわかるかと言うと。


「やっと見つけた。ほんま、“ちーちゃん”はやめろや言うてるのに、また書いてよこしたで。」


チョコの山をかき分けて、やっとの思いでみつけた白地に赤色のレースのリボンで包まれたその箱には、蓬生のものと同じくうさぎの形をしたシールが貼られていた。そしてそのシールの表面には。



《ちーちゃんへ》

《どうぞめしあがれ》


と、蓬生のものと同じ、ラメの入ったピンクのペンで言葉が添えられていた。

神南高校広しと言えど、この学校で・・・いや、日本中探してもこの2人を“ちーちゃん”“ほうちゃん”と呼ぶのは彼女しかいない。


「いつもは千秋の事、“ちーちゃん”なんて呼ばへんのにな。」

「サインなんやろ。」


自分からのチョコだと、彼女なりにアピールしているようだった。

どんなにたくさんのチョコに埋もれていたとしても、そのチョコを千秋と蓬生は必ず見つけ一番初めに口にする。

正しくは、そのチョコしか食べてはいないのだが。


「なんや、宝探ししてるみたいで楽しいな。」

「回りくどい方法やけど、あいつらしくて悪かないな。」


2人は包装紙を解き、箱を開け、中に入った真丸のトリュフを1つ摘むとそれを口の中へと入れた。


「美味いな。」


口に入れて舌の上で溶かしながら、感心したように千秋が先に言葉にした。


「ほんまやね。では早速お礼メールしよ。」


2つ目を頬張りながら蓬生がズボンのポケットから携帯を取り出す。


「ほなどっちが先に送れるか。」

「競争やね。」






送迎用の黒塗りのメルセデス・ベンツに乗りくつろいでいると、携帯からメールの着信音が流れる。

慌てて鞄の中から携帯を取り出し送られてきたメールを確認すると、同時に2通のメール送られて着ていた。

差出人を見てクスっと口元に笑みがこぼれ、さらに送られてきたメール文を読み、堪らず声を上げて笑ってしまった。




《一ヵ月後予定空けとけ》

《一ヵ月後あけといてな》



ほんのり頬を染め、見慣れた風景を窓越しに見ながら、ギュッと閉じた携帯を胸の前で握りしめた。


来年こそは、直接手渡できるといいな。


そんな事を考えながら。



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そんなバレンタインデー。





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