縹色の狩人

□過去編その二
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ーーー翌日。

朝の通学路で日向と会った伊月は開口一番、こう言った。

「何かあったのか?」
「あ?何が?」
「悩みがあるって、顔に書いてあるぞ。な?優輝」

伊月が同意を求めると、藍原はこくりと頷いた。

「ああ、書いてある」

二人の指摘に、日向は咄嗟に片手で頬を隠す。

しかし、あまりにも勢いがつきすぎてバシッと小気味のいい音が鳴った。

「いてっ!」
「…何してるんだ?」
「うっせーな!そんなこと言われっと、思わず隠したくなんだよ!」

日向の弁解に、藍原と伊月は顔を見合わせると、眉尻を下げて苦笑した。

「で?何を悩んでるんだ?」

伊月の静かな笑顔に、日向はむすっとするが、諦めたように深く息を吐いた。

別に話せない内容ではない。

単に、二人に見透かされたのが少し悔しかっただけなのだ。

日向は、昨日リコと一緒に買い物に出かけたこと。その最後の店で、彼女が欲しそうにしつつも諦めたものがあることを、手短に話した。

「リコには、これから世話になるから、なんつーか……お礼、的なものをと…」
「なるほどね…」
「いいんじゃないか」

聞き終えた二人は、うんと頷く。

「どうせ贈るなら、相田が喜ぶものがいいしな」
「でも、意外なものを欲しがるんだな」
「だよな。まぁ、あいつなら、あり得るっつーか……でも値段がなー」

日向が自分の短かった不良時代に無駄にお金を使ったことを悔やんだ。

「くそっ、オレのクレーンゲーム能力が高けりゃ、信玄取るのに三千円も使わなくてすんだのに…!」
「そう悩む必要ないじゃないか」

呻く日向に、藍原はそう笑って伊月に振り向いた。

「なぁ?俊」
「そうだぜ、日向」

同意を求められた伊月も笑って頷いた。

「こういうときこそ、チームだろ?」
「へ?」

伊月は学生服のポケットから携帯電話を取り出すと、軽く振ってみせた。

「相田はバスケ部の監督なんだから、オレ達部員全員でプレゼントすべきじゃないかな。みんなに連絡してみるよ」
「俊、打つのはいいけど転ぶなよ?」
「その時は優輝か日向が助けてくれ」

そう軽口を叩き合う二人の横で日向は伊月が転ばないか気にしながら、そうか、チームか…と心の中で繰り返した。

伊月の連絡メールに、すぐに返信をしてきたのは小金井だった。

《いいよー(^_^)b》
《いつ買いにいくのー?(>_<)》
《あとね、水戸部もオッケーだってさ!》

「顔文字だらけだな…」

小金井からのメールを見せてもらった日向は、そう感想を漏らし、ふと浮かんだ疑問を口にする。

「あのさ、水戸部ってやつ…。喋ったとこ見たことないんだけど」
「んー、オレも声聞いたことないな」
「藍原は?」
「俺も無い。けど、小金井がいるから問題ないらしい」
「そういう問題か!?」
「そういう問題だろ。それにオレは別に気にならないし…。強いて言えば、いつか、オレのダジャレで水戸部君の笑い声が聞けたら、すごいだろうなって思うぐらい」
「それはすごいだろうな。でも、一生ないから安心しろ!」

小金井以降、メールの返信はなかった。

代わりに木吉は自らやってきた。

「よ!リコにプレゼント買うんだって?」

三人が教室に入ると、日向の席の前で木吉がにこやかに迎えた。

「なんでお前がここにいんだよ!」

日向が睨むと、木吉は気にした様子もなく天真爛漫に笑う。

「来た方が早いかと思ってさ」
「メールの方が何万倍も早いわ!」
「そうか?でもオレ、手が大きいからメールとか打つの面倒なんだよ」
「嫌味か!!」
「……日向、そういちいち目くじら立てるな」

伊月が日向を諫め、その隣で藍原は苦笑を漏らす。

出会いが出会いだったせいか、日向の木吉に対する対抗心は未だに強かった。

しかし日向がいかに声を荒らげようとも、木吉はそよ風が吹いた程にしか感じないらしく、それで、と話を元に戻す。

「リコへのプレゼントの事だけどさ。今日、買いに行くだろ?」
「「今日!?」」

日向と伊月が揃って声を裏返させた。

「待て、鉄平」

木吉の言葉に驚きを見せながらも、藍原は落ち着いた声で言った。

「今日は何の日か、分かって言ってるのか?」
「そうだぞ!今日は練習初日だろ!!」
「初日に遅刻したらまずいと思うぞ」

三人が次々と反論する。

それでも木吉は、無邪気に笑った。

「大丈夫。練習が始まる前に買って戻ればいいんだから」
「…簡単に言うけどなぁ」
「それに」

まだ反論を続けようとする藍原の言葉を遮って、木吉は言った。

「リコへのプレゼント、渡すなら今日が一番だろ?」

その言葉に三人は口を噤んだ。

確かに、お礼としてプレゼントを渡すなら、練習初日の今日がベストだ。

しかも、リコが欲しがっているものを考えると、まさに今日こそ意味がある。

木吉はいつも正論を言う。

人が避けて通りたくなる事も、暢気に笑って、何とかなるよ、と言ってのけ、その通り何とかしてしまう。

「…ホント、お前はすごいよ」

口を噤んだ二人の横で、藍原はため息をつきながらも、小さく笑って言った。

そう笑う藍原の言葉を聞きながら、日向は、だからお前は嫌いなんだ!、とか、鉄心てのは本当は頑固なだけだろ!、とか言いつつ、異論を唱える事はなかった。




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