短編・嘘予告

□If.なのはが士郎と共に来なかったら
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―――綺麗だ。

 夕の光に照らされる木々や湖にそれ以上の言葉は見つからなかった。ビルや車などそのような無粋な人工物はここにはなかった。

 ただ、穏やかな風のみが士郎の頬をなでた。


第107管理外世界

 そこは人間のような高い知力基準を持つモノが居らず、また魔力を持つ獣はない。特殊な磁場な影響で機械もまともに動かないため移住者は皆無であり、またどこの世界にでもいるのような獣しかいないため密猟者もいない。

 そんな世界で一人、士郎は小高い丘の上にいた。

 その体は多少薄汚れてはいるものの五体満足であった。

 なのはと別れて約半年。当初は一か月程度であろうと予想していたその体は思った以上にこの世界にとどまり続けていた。原因は不明である。予想が外れたのか、それとも長く世界に留まっていたため世界の修正を弱めたのか。根拠などないため、荒唐無稽な話ししかできない現在では、それを考えるのは今このときには無粋だろう。

「…そろそろか。」

 自身の手をみて、ぼそりと呟く。その手は気のせいかと思う程度だが、薄くぼんやりとなるときがあった。

 長引いたといっても、そんな奇跡続くわけはないのだ。

もう半刻もしないうちに。

あらかじめ決められた通り。

衛宮士郎は消えるのだ。


 しかし、士郎の顔に焦りはない。あらかじめ分かっていたことである。もし、あの世界に居たままではこのような状況を迎えることなく、ただ使われ潰されていただろうことを考えればむしろ上等といえる。

ただ、あえて心残りを口することが許されるのであれば、

「―――しろう君!!」

 その声に振り返りはしない。振り向かずともわかる。

「…来たか。」

 彼女は士郎から数メートル離れた地点に降り立つ音が聞こえる。常なら風すら起こさず着地して見せるであろうが、今はそのような余裕は見られず、その降り立った衝撃に士郎の足もとにまで石が転がってきた。

 ゆっくりと振り返る士郎の目に入るその姿は、士郎の記憶している姿より僅かであるが身長が伸びてはいるが記憶のままの姿である。唯一の違いは、その表情である。

「……なのは。」

 残していく彼女に、残酷な選択をあたえる自身は、やはり正義の味方と言える人間ではないだろう。この少女に、家族と言える少女に最後を見せるなどという選択をする自分は。



 少し遅れ気味に起きたことを目覚ましを見ることで気づいたなのはは、若干あわてながらも身だしなみを整え、下に降りた。
もうすでに朝の食卓は用意されており、家族は揃っている。慌てて降りてきた彼女に、周りの家族が苦笑や小言を言ってくる。それに若干頬を膨らませ、いつも自身を起こしてくれる兄に愚痴を言おうとした。
しかし、全員そろっていると思われた食卓にはお目当ての人物は場にいない。

「お母さん、しろうくんは?」

「あら?なのはと一緒じゃなかったの?今日は料理のお手伝いに来なかったから、珍しいなあと思ったけど…。」

「ほう。しろうくんが寝坊か。珍しいを通り越して初めてじゃないか?」

「たまにはいいだろう、父さん。こんな日があるのもさ。」

 なのはと一緒にいると思われていた士郎であったがその姿がないことで、家族の中で士郎寝坊説が上がった。

「私起こしてくる!」

 返事も聞かずにもと来た階段をなのはは駆け上る。士郎の寝顔を見ることなど滅多になく、その数は片手で足りるほどだ。大抵なのはが寝入るまでは起きており、朝も早い。だから、ただその時なのはは浮かれていた。滅多にないそれに朝から良い日だと思っていた。

 『しろうくんのへや』と書かれた板が垂れた部屋の前に立ち、ノックを3回。返事はないそれに扉を開ける。少しはやる気持ちを抑えきれず、激しく開けられたその部屋の中は、


寝た後のみれない畳んだ布団があり、それ以外の唯一の家具である机の上に白い便箋のみが置いてあった。

 なのはの手から令呪は消えていた。



 何の疑いも抱いていなかった。なのはは常の日常通りに朝を迎えた。何も気づかず、特に何の感慨も根拠もなく、ごくあたりまえに今までと変わりない日常が来ると思っていた。

士郎のおかれている状況については手紙とリンディたちに聞かされ知った。力足らずに謝罪する彼女に対し、なのははしかしそれに感情を揺らすことはなかった。

 彼女たちが頑張っていてくれたことは伝わったし、一番責めるべきである士郎が攻めていない以上、彼女が責めるわけにはいかない。
 
 それに、そんなことよりも彼女にとっては士郎と会うことが全てであった。責任の所在や、管理局など些事である。手紙に書かれた内容では、遠くに行くとしか書かれていなかったが、彼女は気づいていた。士郎との間に結び付けられた令呪が消えた以上、士郎が長くこの世にいられないことを。

 それからなのはの生活は変わった。時空管理局の武装隊を断り、しかしその時間を学校には行かず、世界から世界を跨ぎ歩き士郎の姿を探す。それにリンディたちは協力した。

 そんななのはの姿に、アリサやすずかからは心配され、家族からはその様子から梃子でも動かないことを知っており、また自分たちも心配していることもあり必ず夜には一度帰ってくるように言い、後は黙認している。

 フェイトやはやて、ヴォルケンリッターも自分たちの恩人であり友人だと思っている士郎のことを追っている。しかし、彼らはなのはと違い強制的に管理局への奉仕が義務付けられているため空いた時間のみであるが。

 なのはは半年間、士郎の噂を聞く度に世界を走り回った。しかし、接触できることは一度もなく、徐々に減る噂の声に半ば絶望的な考えが頭によぎり始めたとき、ある手がかりを手に入れた。



 向い合せに立ち、お互いの目を見つめる。

「アレに気づいたか。」

「うん。というよりも、やっぱりわざとだったんだね。」

「確かにそうだが、少しのことでは見つからないようにしていた。」

「必死だったからね。」

 わかっている。言葉にせず内心で士郎はつぶやいていた。噂で自分を追うなのはについては知っていたし、また実際に目にすればその疲れの度合いがよくわかる。目にクマもできている。

 なのはの噂を聞いた士郎はかつての経験から、こうなっていると半ば予期したため士郎はあえてヒントを残したのだ。本当であれば、誰にも見られず静かに終わりを迎えたかったが、このままなのはを残せば、必ず大きな傷になると分かったのだ。そうしなければ、なのはは自分を許せなかっただろうから。

…この行為が、どちらにせよ新たな傷を結局生むしかないとわかっていても。


「士郎君、私と再契約して。」

 静かに告げるなのは。それは語調とは裏腹に一刻の猶予もないという気持ちが伝わってきた。

 ふと士郎は、この状況、その言葉にあることを思わずフッと苦笑いが出てきた。その様子に思わずなのはが眉をしかめる。当然であろう。こちらは真剣に言っているのを笑われたようにとれたのだから。

 しかし、もちろん士郎はなのはに対し笑ったわけではない。話に聞いたいけ好かない男″の消える場面とそっくりであること。それがアイツと自分の関係を想起させたのだ。

「それは無理だよ、なのは。あの契約は一度限りの奇跡だ。もう一度結ぶには時間もない。」

 そう。あの時は、聖杯の欠片を用いて作り出した魔術師があらかじめセットしていた術式が発動したに過ぎない。時間をかければあるいは再度術式を再現することも可能かもしれないが、それをするには時間もそうだが、どちらにせよ士郎の才能が絶対的に足りない。

「で、でも、そんなのってないよ…。」

 士郎へと近づこうとするなのは。しかしそれを士郎は片手を上げとめる。なのは思わずそれに足を止めた。しかし、それは士郎の制止に従ったわけではない。

「し、しろうくん、て、てが…。」

「ん?…ああ、問題はない。特に痛みはないさ。」

 大丈夫だというように士郎が手を振る。

「―――なんで…?」

 その姿になのはの瞳から涙が決壊した。士郎が消えてから半年、なのはは気丈に振る舞って見せ、きっとまた会えて一緒に暮らせると周りに言い、笑ってみせた。その姿は周りから見ればかえって痛々しいほどであった。しかし、そうしなければ、なのはは自分を保てなかった。それ以上考えれば、なのはは自分を保つことができなかったのだ。

「なんで、なんでそんなに簡単に諦めちゃうの!?私と一緒にいるのつまらなかった、いやだったの、わたしと一緒に、いっしょにいたくなかったの…?」

 涙が止まらない。言葉が支離滅裂になる。違うのだ。こんなことが言いたいのではない。もちろん、今の言葉もなのはを苦しめていた。しかし、そうではないのだ。

「なのは。俺は君が嫌いになったわけではない。」

 士郎が少し困ったように言う。わかっている。士郎がそんなことを思っていないとわかっている。自分のことを嫌いになっていないことはなのはも考えていた。士郎は自身のことを嫌いになってもなのはのことを嫌いになることはなく、よってそれが理由でいなくならないと。

(居なくなったのは、私たちに迷惑をかけたくなかったため…。)

ゆえに、

「――――――」

「ん?」

 嗚咽交じりにポツリと溢したそれを士郎は聞き取ることができなかった。

「…まだ、しろうくんは許せないの?自分が嫌いなの。」

 言われた言葉に士郎の体が硬くなる。

 なのははそれを口にすることが、自分のことが嫌いになったのかを問うよりも苦しかった。確かにもし、仮に自分のことが嫌いになっているなど考えるだけで、心臓が張り裂けるのではないかと思えるほどに苦しくなるが、…それ以上に士郎が自身を許していないことのほうが悲しかった。

 士郎の反応を見ることができず、顔を伏せる。顔を見る勇気はなかった。そんななのはの頭に手が乗せられる。それはかつてであれば嬉しくて、それだけで安心し泣き止んだだろうが、その手の感触は希薄で、それになのははまた悲しくなった。

「俺は君と会えてよかった。」

 その声は優しげであった。

「俺は、今までずっと走り続けていた。誰かを救いたいと、ただ走り続けていた。」

 最初は憧れだった。誰かを救うという行為がとても綺麗で、この身でその行為に費やせるのであればそれはとても良いことのように思えた。そして、■■を■■した時それは今まで以上に救いたいという気持ちは強くなった。

「それが間違っていたとは思わない。いや、そんなことを思ってはならない。今まで犠牲にしてきた者たちを否定することなんてしてはいけない。」

 ああ、この人はなんて自分に厳しくて、気高いのだろう。なのはは士郎の独白を聞いて思った。おそらく、この人の思いを、背負っているモノを半分も自分は理解できていないだろう。見た″モノは所詮一部に過ぎず、そんなもので彼を理解し切れるわけはない。

 士郎が語った内容はすべてではない。まだ彼の思いが晴れたわけではない。しかし、それでも――――

「だけど、君との時間は俺に安らぎを与えてくれた。走ることしかできなかった俺にいろいろな思いを感じさせてくれた。…本当に楽しかった。」

 心からそう思っていると、いつのまにか顔を上げていたなのはは感じることができた。

「なら、もっと一緒に…。」

「無理なんだ、なのは。俺は行かなければならない。俺は――――。」



「…時間だな」

 士郎がつぶやく。気づけば、士郎の体は半分まで消えていた。

「ま、待って!わたし、わたし、しろうくんがいなくなったら」

「これを受け取ってもらえるか?」

 士郎のいつ消えてもおかしくない手で、深紅の宝石がついたアクセサリーを差し出す。

 それはいつも士郎が大切に持っていたものだ。それを見つめるとき、見ているこちらが苦しくなる表情でそれを見ていた。そんな表情になのはは、何時の日かその表情をさせないようにしたいと思った。

「こんなものを渡せば傷を残すかもしれない。しかし、それでも俺がそうであったように、俺との日々が君にとってかけがいないものであるなら、…それが前に進もうと思わせるのであれば」

 受け取りたくないと思った。これを受け取ったら士郎が行ってしまうと思ったから。だけどそんななのはに士郎が真摯な目で訴えてくる。

「受け取ってほしい。」

 卑怯だ。そんな目で、そんなことを言われたら断れるわけない。それに彼が行くのを止めることは自分にはできないと悟った。

 なのはがゆっくりと手を伸ばし、それを受け取る。

 士郎がやさしく微笑む。

「君のおかげで俺は救われた。君と出会えたことでこんな俺でも」


「ありがとう、なのは。」

「…ッ。わたしも、私も楽しかったよ。ありがとう、しろうくん。」

 目を赤くし、涙が止まらないながらも必死に笑顔を作る。それは、綺麗な笑顔であった。思わず、見惚れるほどに。

 やがて、目の前のなのはの姿が霞んでくる。体から力も抜けて立っているのも辛い。

 しかし、この少女には最後までみっともないところを見せるわけにはいかない。

それが兄貴分というものだ。


「……いかなくちゃ」

 誰もいなくなった丘でなのはは一人、手の中の宝石を見つめる。しかし、そこに悲観の色はない。悲しくないわけじゃない。だけどあんな顔をして、ああ言われたら、いつまでも立ち止まっているわけにはいかないのだから。歩き出さなければならないのだから。

 なのはが最後に見た士郎の顔は今まで見たどんな顔をよりも子供ぽっくて純粋な笑顔であった。

 振り向き歩き出すなのはの首には、自身の相棒と宝石がかけられ、まだ赤いその目には不屈の心が宿っていた。





Normal End

このルートに行くには、ギリギリまでなのはに士郎に向ける感情は兄として向ける親愛であると思わせることである。

好感度不足、またはイベント不足。
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