泡沫の夕暮れ
□寅叉=toramata=
2ページ/13ページ
「ねぇ。ユウマ。ネコが何で喋らないか知ってる?」
彼女はにっこりと。いつものごとくミステリアスな笑みを浮かべて、俺に問う。
「喋らないのは犬も一緒だろ。どうしてネコなんだよ。」
「もう。そんなことはどうでもいいでしょ。大切なのは、ネコが何で喋らないか。よ。」
「ネコにとって喋るっていうのは、鳴くってことだろ?あれはあれで喋ってるじゃないか。」
「んもー。分かってないなぁ。」
からかっている様な上目遣いの目。ふわりと揺れる彼女の髪。
その彼女の腕の中では、いつもと同じように無愛想なトラネコが「おれの場所だ。」とでも言うようにすまして座っている。
「ネコはね。人間よりも、ずーっとえらいんだよ。人間に聞かれたくないから、自分たちだけの言葉を作ったの。」
「ねっ?」トラネコに話しかける彼女は、とても嬉しそうで。
「んなこと言っても、寅叉は応えねぇぞ。」
「ううん。応えてはくれないけど、分かるんだよ。」
にっこり。
彼女の不思議な笑顔が、おれのすぐ隣で綻んだ。
「寅叉はね。私のこと、わかるんだよっ♪ねー?寅又っ。」
トラネコの代わりとばかりに。
からんからんと、賑やかな鐘がなる。
「もう、ペットを学校につれてくんなよ。奏。」
「失礼しちゃうなー。寅叉はペットじゃなくて、私のお兄ちゃんなんだよ?」
背筋をピンと伸ばして、彼女の兄はすましている。
「だから、ユウマは寅叉に認めてもらわないと、私と結婚できないんだよっ。」
ねー。寅叉っ?
.