神様の珈琲

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ふわりふわりと漂うシャボン玉を追って、カイトは頭をキョロキョロとさせる。目の前に下りてきた透明のボールが、パチリと弾けると目をパチパチさせた。その様子がおかしくて、環はくすりと笑った。
「カイト、じっとしてて」
「はい、マスター」
環が言った途端、固まってしまったようにカイトは微動だにしなくなった。うーん、と環は内心で唸る。聞き分けが良すぎて逆に寂しい、と思うのは、おそらくワガママなのだろう。
カイトを家に迎えて最初の夜、環は夕飯前にカイトをお風呂に入れていた。とりあえず完全防水でお風呂にも入れると聞き、カイトを風呂場まで案内したが、服を着たまま浴槽に直行したので慌てて引きとめた。どうやらお風呂の入り方、というものを知らないらしかった。分からないならどうして訊ねなかったのかと聞けば、青いボーカロイドはただ、すいません、とだけ答えた。しょうがないので環は、分からないことはちゃんと訊いてね、と伝えたが、ボーカロイドは曖昧に頷くだけだった。

わしゃわしゃと、青い髪をシャンプーで泡立てながら環は考える。

アンドロイドにとって、マスターの手を煩わせるのはタブーなんだろうな、と。だから、分からなくても自分で何とかしようとする。自分に最初からインプットされている知識だけで何とかしようとする。

「カイト、流すよ。シャンプーが入るかもしれないから目は瞑っててね」
「はい、マスター」
平坦な声がした。後ろからシャンプーをしている環には見えないけれど、カイトはきっと、きちんと目を瞑っているのだろう。熱いお湯を吐き出すシャワーを手にとって、環は青い髪を洗い流した。シャンプーの途中、この青い色が落ちてしまったらどうしよう、なんて考えていたのが時間の無駄に思えるくらい、泡の下から出てきたのは綺麗なサファイア色の髪だった。

「はい、綺麗」

シャワーを止めて、顔にかかった髪の毛を横に流してあげる。その下には相変わらず表情のない白い顔があった。
「カイト、人から何かしてもらったら、必ず笑顔でお礼を言うんだよ」
「はい、ありがとうございます、マスター」
そう言った青いボーカロイドの表情は、確かに笑っていたけれど。
「マスター?」
「ううん。・・・・・いつか、カイトにも出来るようになるよ」
あまりにも、計算された笑顔で。環は濡れた青い髪を撫でた。

「よし!じゃあ次は体ね!」
「はい、マスター」



「う〜ん、流石に浴槽に男二人は狭いね」
そう言いつつ、しっかりと肩まで湯に沈めながら環は言う。カイトは、話しかけない限り自分からは話さない。環の言葉は独り言だと判断したのか、それとも適当な返事が思い浮かばないのか、カイトは湯船につかったまま黙っている。
「カイト、お風呂の入り方は覚えた?」
「はい、マスター。ありがとうございます」
顔をこちらに向けて、カイトはさっきの笑顔で言った。

「・・・あのね、カイト」

お礼を言い終わったからか、不自然なほどにカイトの笑顔はさっと消えた。
「さっきも言ったけど、分からないことがあったら、きちんと僕やおばあちゃんに訊くんだよ。あと、嫌だな、と思ったことも嫌だって言うんだよ。やりたいことがあれば、やりたいって言ってくれないと、分からないんだからね」
「マスターに意見してはいけない、と」
「誰が?」
カイトは返事に困ったのか、少し黙ってから答えた。
「プログラムされています」
環はその返答にむっとする。
「そのプログラムは『マスター』より大事?」
「いいえ、マスター」
「じゃあ、僕が訊きなさいって言ってるんだから訊きなさい。言えって言ってるんだから、言いなさい」
「マスターが困ります」
本来、マスターの指示に従うはずのボーカロイドが、マスターに意見してはマスターが困る、そうプログラムされているのだろうか。

「困らないよ。カイトは家族だからね」

ビー玉のような青い青い目が、わずかに揺れた、気がした。
「僕はボーカロイドです」
「ボーカロイドでも家族になれるよ」
分かったような分からないような、微妙な表情を浮かべて、カイトはとりあえず頷いた。その頭を軽く叩いて、環は笑う。

「いつか分かるよ。ゆっくり、家族になっていこうね」

今はまだ、分からなくても大丈夫だと伝わったのか、カイトはどこか安心したような表情で微笑んだ。それを見て、環は嬉しそうに笑った。

「うんうん、少し上手になった」

何がだろう、とカイトは思ったが、環が嬉しそうに笑うので、これでいいのだろうと思った。

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