短編集

□着信メロディ
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夕方になり、リンはソファに寝転がって携帯電話をいじっていた。リビングに入って来たレンは、それを見て驚いたように足を止める。
「え!?何でお前、ケータイなんか持ってるんだ!?」
リンが自分の携帯電話を持つはずがない。なぜならこの家には、他にもMEIKOとKAITOがいるからだ。まあ、あの二人が自分たちも携帯電話を持たせろ、なんていう子供っぽいワガママを言うとは思えないが、レンなら、リンに買い与えたのだから自分も欲しいと思う。自分達二人が持てば、上の二人だって、欲しいわけではないにしろ、不公平に感じるはずだ。しかし四人全員分の携帯料金を、まだ学生である彼らのマスターが払えるわけない。だから、この家のボーカロイドは誰も携帯電話は持っていなかった。
素っ頓狂な声をあげたレンに、リンは携帯電話から顔を上げることもしないで、間延びした声で応える。
「あたしのケータイなわけないじゃーん。マスターのだよー」
携帯電話をいじるのに夢中なのか、リンの声はどこか上の空だ。確かに、落ち着いてよく見ればなんてことはない、彼らのマスター・磐井善史(いわいよしふみ)の携帯電話だ。
「何でマスターの携帯いじってるんだよ!」
それでもリンの返答に納得できず、レンは更に声を上げた。そこでリンはやっと携帯電話から顔を上げて、レンを見上げた。そしてニヤリと笑う。
「あたしの歌声をパソコンで録音して、マスターの着信に設定してるの!」
「はあ!?」
見て!と、リンは無邪気な声と共にレンの鼻先に善史の携帯電話を突き出す。思わず受け取ってしまったレンを確認すると、リンはソファから飛び降りて、家の固定電話に駆け寄った。
「おい!」
非難するようなレンの制止も意に介さず、リンは軽快にダイヤルした。人間より鋭い聴覚が、固定電話の受話器から洩れるコール音を拾った時。

レンの手の中から、リンの歌声が響いた。

レンの手の中、善史の携帯電話。レンが思わずディスプレイを確認すると、揺れる音符と一緒に『家』と簡潔に表示されている。

「・・・ず」
「?」
「ずりぃ!」

一瞬の沈黙の後、レンは携帯電話を握り締めながら声を張り上げた。
「俺もマスターのケータイに俺の歌入れたい!」
「ふふーん、だめ!マスターのケータイには、あたしの歌だけ入ってればいいの!マスターが帰って来たら、鳴らしてビックリさせるんだから!」
いまだレンの手の中で携帯電話が歌っているのは、善史がリンのために作ってくれた曲だ。だからこそリンはいつだって、善史のために歌っている。

それは別段、リンに限ったことではないが。

「マスター、喜ぶかなあ?」
リンもレンも、善史が自分たちに深い愛情を注いでくれていることを知っている。
そしてリンたちが歌う歌を好きだと言ってくれる。

マスターにいつでも、自分の歌を聞いてほしい。

マスターが好きだという、自分の歌がいつでもマスターの傍にあればいいと思う。

その結果、リンは自分の歌声を着信にすることを思い付いたのだ。
「俺も!俺も入れる!」
リンの意図に気付いたのか、レンはおもむろに携帯電話を抱え込んだ。そんなレンの行動に、リンは目を丸くする。
「ダメー!そんなことしたら、あたしの歌、着信に設定してくれないかもじゃん!」
「だからって、リンだけずりー!」
「ずるくない!考えたもん勝ちだよ!」
その時、玄関の扉が開く音がした。そのあとに複数の足音が続き、帰って来たのは学校に行っている善史ではなく、買い物に出ていたMEIKOとKAITOの二人だと気付いた。
「うるさいわよー」
同じく耳の良い二人だ。リン達の言い争いを外からでも聞き取ったのだろう、玄関から、MEIKOの諭す声が飛んで来た。
リビングのドアから先に顔を覗かせたのは、KAITOだった。
「ケンカ?」
不審そうに眉を寄せてリンたちの居るリビングに入ってくる。
「な、なんでもないよ!」
これ以上ややこしくしたくないリンは慌てて首を横に振ったが、仲間が欲しかったレンはKAITOに駆け寄った。
「なあ!カイ兄、メイ姉、これ見てよ!」
レンが先程のリンと同じようにKAITOの鼻先に携帯電話を突き出したところに、やっとMEIKOも加わった。
「「・・・・マスターのケータイ?」」

目の前に突き出されたKAITOと、傍らで見ているMEIKOの声がキレイに重なった。


リンはぶすっとして、口を尖らせていた。今やリンがいじっていた善史の携帯電話は、MEIKOとKAITO、そしてレンに囲われている。
「へー、ケータイってこんなことも出来んのね」
「面白いね。ホントにマスターのリン曲だ」
「な!皆で自分の歌入れようぜ!」
リンの嫌な予感は当たり、上の二人も自分の歌声を着信にすることに興味津々だった。不満がないと言ったら嘘だが、もうこの際、マスターの善史が喜ぶのなら何でも良いような気がしてきた。つくづく、このマスター中心なボーカロイドの性質には、自分のことながらリンは呆れてしまう。
そしていざ、レンたち3人が録音しようと立ち上がった時だった。

「ただいまー」

間延びした、暢気な声が聞こえてきた。普段なら外の足音を聞き逃さない彼等だが、今日は携帯電話に夢中になっていて誰も気付かなかった。
「アレ?皆で寄り集まって何してんの?」
リビングに入って来た善史は、学校用の鞄をソファに投げると、自分のボーカロイドたちの元へと歩み寄る。
「ゲームか何か?俺も混ぜてよ」
ボーカロイドを心から愛する善史は、今日も今日とてへらへらと締まりのない笑顔で寄って来た。

「マスター見て!」

リンはせめて、一番手は自分だということを知ってもらおうと、3人の輪の中にある携帯電話を指した。
「・・・・・あ!俺のケータイ!今日一日不便だったんだよなあ」
一瞬、リンが何を指しているのか分からず間を空けた後、善史は声を上げた。リンはレンに見せた時と同じように、善史が自分の携帯電話に意識が向いたのを確認すると、家の固定電話に駆け寄った。それを不思議そうに見ている善史の前で、リンは再び軽快にダイヤルした。

ボーカロイド3人の輪の中から、元気な歌声が響き出した。

「・・・・・・・・・・・・・」

沈黙する善史。対照的にリンの元気な歌声をバックに、4人の間にすぐに『あれ?』という空気が流れる。ニコニコと笑って喜ぶかと思ったのに。
まさか、携帯電話をいじったから怒ったのだろうか。
「・・・・う」
「「「「う?」」」」

「うわああああぁぁぁぁっ!」

4人が同時にビクッと肩を揺らす。善史の口が見たこともないくらい大きく開いている。唖然とする4人を尻目にわーわーとひとしきり叫ぶと、自分の携帯電話に飛び付いた。

「すげえぇーーっ!!」

キラキラした目、というのはこういう目を指すのか、とMEIKOはぼんやり思った。

「何これ!?すげえ!!うわっ、マジすごいじゃん!」

善史は同じようなことを繰り返し叫びながら、興奮した様子で自分の携帯電話とボーカロイドたちを見比べる。

「俺の曲だ!リンの声だ!」
「う、うん!あたしがやったんだよ、マスター!」

しばらく呆気にとられていたリンも、善史が想像以上に喜んでいることをじわじわ理解すると、褒めてもらおうと名乗りを挙げた。

「すごいぞ、リン!」

一般的に見てどちらかといえば小柄な善史も、リンにとっては大人で、その大きな手で頭をくしゃくしゃとされて笑い声をあげた。

善史が喜んでいる。良かった。

リンが思った時だった。

「俺のためにしてくれたんだな!嬉しいよ!あ、ひょっとして皆集まってんのも、皆の歌を俺のケータイに入れるため!?」

リンから視線をMEIKO達3人に移す。すると3人から、すっと表情が消えた。

「俺のために‥‥。俺、愛されてたんだな!」

しかしそんなことには気付かずに、感動で涙ぐみながらも笑顔で、善史はトドメの一言を言った。

「俺も皆のこと、だいっ好きだから!!」
「「「「!!!!」」」」

その言葉に、全員が肩をぴくりと揺らして息を飲み、そして一瞬静まり返る。
善史が頭上に?マークを浮かべていると、レンがすくっと立ち上がった。

「‥‥別に」
「へ?」

そして善史をきっと睨む。
「別に、そんなんじゃねーよ!!」

ガツンと、そう叫ぶと逃げるように駆け出してリビングを出て行った。遠くで階段を駆け上がる足音が響いているので、おそらくKAITOと共同で使っている自室に戻ったのだろう。
ポカンとしてレンを見送った善史を尻目に、次はKAITOとMEIKOが立ち上がる。

「そうですよ勘違いです。自惚れないでください」
「そうよ。何で私たちが、マスターのために?―――調子に乗らないで」

二人は息もぴったりに、見下すような冷たい視線を善史に注いで、静かに部屋を出て行った。
善史がわけも分からず呆然としていると、手に何か触れる感触がして、呆然としたまま視線を落とすと、リンが携帯電話を取り上げていた。そして無言でカチカチと何やら携帯電話を操作する。
「あの、リンさん・・・?」
何かよく分からないけど、皆を怒らせた。リンが無言なのも怒っているからだと判断した善史は、顔色を窺いつつ名前を呼ぶ。するとリンは顔を見られたくないのか、覗き込んでくる善史に携帯電話をつきつける。

最初に目に入ったのは、ディスプレイに浮かぶ『消去』の文字。その文字の前に、さっきまで軽快に鳴っていた自作のリン曲のタイトルを認めて、善史は声にならない悲鳴をあげた。
なんで、と善史が問う前に、リンは人間がするように大きく息を吸った。

「別に!あたしはマスターのことなんか、す、好きなんじゃないもん!勘違いしないでよ!ちょっと、・・・ちょっと、遊んでただけなんだから!」

ギャンッ!と吠えるように一喝すると、リンも慌ただしくリビングから走り去った。

一人状況が飲み込めず、寂しく立ち尽くす善史が、リビングに残った。
おおらかで鈍い磐井善史が、何故彼らが去ってしまったのかは、きっと永遠に理解できないのだろう。


あとがき
こ れ は ひ ど い 。
年長組の二人がツンデレというよりツンドラになってしまった(´・ω・`)

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