短編集

□星に願いを
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いつものワンカップのふたを取り外し、一気に半分ほどまでぐびっと仰ぎ飲む。
はー、と酒気を帯びた息を吐き出したところに、眉をひそめたカイトがやってきて、メイコは目を丸くした。
「あら、見つかっちゃった」
珍しくもへらっとごまかすように笑ってみせたが、カイトの表情は呆れたものに変わっただけだった。
「見つかっちゃった、じゃないよ。こんな所で飲むなんて・・・」
カイトの言う『こんな所』とは、ここ、屋根の上のことだ。
「だって、今晩はすっごく空気がきれいで晴れてるのよ。星がいっぱい見えるし、最高の月見酒じゃない」
屋根の上に足をのばして座り込み、ワンカップを片手で掲げるメイコは、まさに宴会のおっさんだった。カイトはさらに眉間に力を込める。
「落ちたら危ないよ」
「落ちないわよ。人間じゃあるまいし、酔わないもの」
メイコはボーカロイドだ。アルコールに対して人間のような作用はない。しかし、
「飲みすぎ食べすぎは、アンドロイドにも良くない」
「っるさいわねー」
ぼそっと言って、メイコはまた酒をあおった。
「小姑みたいに口うるさくしないで」
「誰がさせてるの!もう・・・」
カイトは溜め息一つつくと、メイコの隣に腰を下ろした。意外そうにメイコはそれを見る。
「一人酒なんて寂いしいでしょ。俺もがっくんも、付き合えるのに」
そう言ってカイトはポケットからワンカップを取り出すと、メイコに微笑みかけた。
「・・・お酒、好きじゃないくせに」
またメイコがワンカップを口に運んだが、その口元が笑っていたのを、カイトは見逃さなかった。

「あ!めーちゃん、流れ星!」

カイトが珍しく大きな声で空を指差した。遅れて顔を上げたメイコには、光が消えるところしか見えなかった。
「あー!お願いし損ねた!もったいない」
悔しそうに口を尖らせたカイトに、メイコはぷっと吹き出した。
「流れ星くらいで、あんたもまだまだ子供ねー」
「・・・・ちょっと早く起動したからって・・・」
少し照れたように大人しくなるカイトが、これまたメイコには可笑しかった。いつも弟妹たちの前ではお兄さんぶっているカイトが、こうやってはしゃぐのは自分の前だけだと、メイコは知っていた。
「まあ私も、初めて流れ星を見た時は、必死でお願いしたっけ」
人間から、流れ星にお願いをすると願いが叶うと聞いて、それから毎晩のように星空を見上げていた。それこそ、今のカイトのようにはしゃぎながら。
カイトは信じられないというように、メイコを凝視していた。
「確かに、めーちゃんも最初の頃は無邪気と言うか、人に言われたら即実行ってところがあったけど・・・」
ボーカロイドの人格面は、成長するように出来ている。つまり起動したては設定された性格に関係なく、誰もが知らないことばかりで不器用なのだ。だから人間の言うことをすぐに信じ、言われた通りの行動を取りがちだ。
現在がくぽやルカが、まだその傾向にある。
「私も昔は可愛かったのよ」
「ふーん」
「・・・・あんた、そこは『今も可愛いよ』って言うところよ」
「え・・・、そんな無茶な、いた!」
本気で無理そうに言うカイトに、メイコは空のワンカップでその青い頭を小突いた。
「こんな小生意気な口を聞くなら、あんなことお願いしなきゃよかったわ」
「え?」
頭をさするカイトが、メイコを不思議そうに振り返る。その瞬間、メイコの顔にしまったという表情が浮かぶ。
「俺のことを、お願いしたの?」
「・・・・・・・」
メイコは新しいワンカップを取り出してふたを開けた。それを飲んでみても、カイトは先ほどのように口うるさく言ってこない。カイトの気をそらせないと分かって、メイコは観念したように、ワンカップを下ろした。
「・・・・まだ、起動して3ヶ月くらいよ」
「うん」
メイコは、はぁ、と相変わらず酒気の帯びた溜め息をついた。
「・・・・・私と同時に造られたあんたは、博物館のマネキンみたいにガラスケースの中だった」
男女で造られた最初のボーカロイド。カイトは、メイコの稼動に問題がなかったから自分も起動された、といつか聞いたことを思い出した。

「『カイトが一日でも早く、起動してくれますように』って・・・・」

「めーちゃん・・・」
その当時、まだミクが製造される予定はなく、また初のボーカロイドとしてメイコは世間の奇異の目にさらされ、そして何より一日の行動を監視・管理されていた。当初はメイコ自身それは当然と思っていたが、人格面の成長とともにそれが苦痛になり、アンドロイドとしては感情豊かに生まれたにも関わらず、他人とのコミュニケーションですら制限されていた。

せめて、自分と同じ存在であるカイトが居てくれたら。

そう思って、星に願い続けたあの日々。

今度はメイコが照れたように、酒をぐびぐびと飲む。それをカイトは、目を瞬かせながら見ていた。そしてふいに、ふっと微笑む。
「・・・ばかにしてんの?」
その表情を横目でとらえたメイコが不機嫌そうな声で言う。
「ううん。俺は幸せ者だなあって」
のんきな言い草に、メイコはふんと鼻を鳴らした。
「・・・あんたは?」
「ん?」
「間に合っていたら、流れ星に何を願っていたの?」

メイコの願いは、もう叶った。――――叶いすぎなほどに。

カイトは星空を見上げて朗らかに笑った。
「俺の願いは、起きた時から今も、そしてこれからもきっと変わらない」
ふーん、というメイコの声を聞いて、カイトは続ける。

「皆と笑って過ごせますように」

「そう言うと思った」
メイコが笑うと、カイトはメイコに向き直る。
「うん。だって、俺が起きて最初に見たのは、めーちゃんの泣き顔だったからね」
ぶっとメイコが飲んでいたワンカップの酒を吹き出した。それを見てカイトはまた眉をひそめた。
「めーちゃん、汚い」
「・・・あんた、憶えて・・・・?」
カイトはさも当然だというように強く頷いた。
「起きたばっかで、何も分からなかったけど、それでもめーちゃんが泣くのは嫌だなぁって思ったよ」
そしてその後生まれてきた可愛い弟妹たち。彼らにも、きっと涙など似合わない。
せっかく『泣く』という機能を付けてくれた開発者たちには悪いけど、とカイトは内心で見当はずれなこと考えていた。

「俺と同じメイコとは、笑って過ごしたいなって思ったんだ」

それがずっと、カイトの一番深いところに根付いている。
「でも、もうその願いももう叶ってるしなぁ」
カイトのその言葉に、自分たちが座る屋根の下にいるであろう弟妹たちを、そんな彼らと過ごしてきた日々を思い、『そうね』と笑った。
そしてまたワンカップを口に運ぶメイコを見ながら、カイトも笑った。
(うん、やっぱりめーちゃんには笑顔が似合う)
カイトのAIが、一番古いメモリーを取り上げる。


『どこか痛いの?』
泣くメイコに、起きたばかりのカイトはそう問いかけた。メイコはぶんぶんと首を振る。
『うれ・・・しいの、よ・・・っ』
『嬉しいの?―――良かったあ』
『!』
カイトは朗らかに笑った。それを見たメイコも、はっとして目元をごしごしと拭った。
『うん、良かった!』
そして花が咲いたように笑った。


ああ、笑った方がいい。笑った方が嬉しいし、楽しい。
そうやって過ごしていきたい。
メイコだけではない。その後生まれた家族を、その笑顔を守っていきたい。

カイトはまた空を見上げ、輝く星々を瞳に移しながらメイコに倣ってワンカップを仰ぎ飲んだ。

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