短編集

□花見へ行くなら
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「桜が見たい!」
ミクがリビングに入るなり宣言したので、誰も彼もがしていた作業を止めてリビングの入口に視線を注いだ。
「えーと、それ、花見がしたいってこと?」
いち早くレンが、立ち直って尋ねた。
「うん!」
「賛成!」
ミクが頷き終わるか終わらない内に、リンも大きく手を挙げて賛同した。
「よいな。私は桜を見るのは初めてだ」
がくぽも嬉しそうに、遠回しに話に乗った。
「・・・どうして突然、そんな話を?」
浮かれる3人をよそに、ソファに座ってテレビを観ていたルカが振り返る。
「そうだよ。それにそんな話、姉さんも兄さんもいないのに、決められないじゃん」
レンも頷く。今日、メイコとカイトは仕事でまだ帰っていない。個人の用事は別として、家族で動く時の決定権は年長者のメイコかカイトが持つと決まっている。
「だってね、プロデューサーが、家族でお花見はいいよー、って」
「そっか、ミク姉今回の仕事は桜の歌のプロモ撮影だったもんね。てか、そんな気にしなくてもお姉ちゃんもお兄ちゃんも、反対する理由なくない?」
「反対はしないかもね。でも、桜が咲いている内に、私たち全員が休みの日なんて来るかしら?」
彼らはボーカロイド。歌をうたうアンドロイドとして活躍しているアイドルだ。ミクのように、新しい季節にはそれに合った歌を出すのでここ最近は特に忙しい。
今現在、家に一番人気のミクを始め、リンやレン、ルカやがくぽまでがいるのは珍しいくらいなのだ。
「むぅ、私からカイトに頼んでやろう」
がくぽが励ますように言うと、レンが呆れるように肩を落とす。
「いや、兄さんに頼んだって仕事は仕事じゃん。俺達は仕事を断らないし選ばない」
「兄さまはOK出すと思うわ」
全員がルカの方を向いたが、ルカはもう興味なさげにテレビの方を観ていた。
「『行ける子たちで、行っておいで』って言う一言付きで、ね」
「わー、兄さん言いそう。しかも、全く悪気のない笑顔で」
淡々と言うルカに、苦笑するレン。そんな二人に女子二人は頬を膨らませた。
「何で!?ルカ姉もレン君も、みんなでお花見行きたくないの!?」
「だからっ!行きたくない、じゃなくて、行けないかも、なんだって!」
不満そうに声をあげたミクにレンが怒鳴り返した途端、誰もがはっとした。玄関の扉が開かれる音がしたのだ。
「二人が帰って来た!」
リンが喜ぶように一回ぴょんと飛び跳ねると、玄関に走っていく。
「あ、待ってよリンちゃん!私も行く!」
「わ、私も行くぞ!」
ミクと、何故かがくぽまでリンの後を追った。
呆然とした様子のレンと、しれっとしたままテレビを見続けるルカだけが残ったリビングに、しばらくしてから足音が戻ってきた。するとやっとルカはソファから立ち上がる。先程ミクが飛び込んで来た扉から、わいわいと皆が入って来る。
「ちょっと、玄関の外まで声響いてたわよ」
「コレ、どうしたの?」
叱るようなメイコと、困惑したカイト。カイトの腕には片方ずつにリンとミクがしがみついている。
「姉さま、兄さま、おかえりなさい。コート、預かるわ」
ルカはメイコの不機嫌さも、カイトの困惑もスルーして二人に手を差し出した。
「あら、ありがとう」
「・・・兄さま?」
素直にコートを差し出したメイコの横で、カイトは渋い顔をした。
「ミク、リン?コート脱げないんだけど。っていうか、どうかしたの?」
両腕にしがみついていた二人は、カイトの困惑を受けてやっとその腕を放した。カイトはコートを脱ぐとルカに渡し、リンとミクに向き直った。
「で、何?」
「玄関外まで聞こえてた声と関係あるの?」
「レンが、ミクとリンを虐めていたのだ」
「何でだよ!てか、何で俺だけなんだよ!?」
横から出てきて心外なことを言い出したがくぽに、レンは思わず怒鳴る。
「はいはい、夜に大きい声出さないの。ミクとリンは何が言いたいの?」
年長者である二人が向いて、やっとミクとリンは顔をあげる。
「あのね、ミクね、皆でお花見行きたいの!」
ミクが自分のことを名前で呼ぶのは、二人に甘えておねだりをする時だ。妙にませていて、大人ぶりたがる一番年少のリンとレンには出来ない芸当だった。
「けどレンが!お姉ちゃんたちがOKしないとダメー、とか、あたしたちが全員休みの日がないからムリー、とか!」
「だから!俺はそこまで全面的に否定してないし!しかも2番目のヤツはルカ姉の言葉だし!」
リンが半目でレンを睨むので、レンはまた叫ぶ。
「はいはい、レン。分かってるから。ちょっと落ち着きなさい。―――つまり、ミクとリンは家族で花見に行きたいのね?」
二人が頷くのを確認してから、メイコはカイトを振り返る。そしてメイコの視線を受けたカイトが頷くと、メイコは背伸びをしてからソファへと歩いていった。

「お花見ねえ・・・」

メイコを見送っていた全員の視線が声の元、カイトに集まる。
「いいんじゃない?行こうよ、皆で」
カイトが言った瞬間、全員がそれぞれの反応をとる。
「本当!?」
「いいの!?」
「え、マジで!?」
「それは本当か!?」
「兄さま?」
「え、別にいいよ?ほら、姉さんも何も言わないでしょ?」
カイトの示す先には、先程のルカのようにテレビを観ているメイコがいる。話の内容は聞こえているはずだが、反対する気配はない。
「で、でも、いつ?」
レンが頭を捻る。自分のスケジュールは頭に入っているが、皆のスケジュールは把握していないのが普通だ。しているのは年長の二人だけ。
「ひょっとして、全員休みの日があるとか?」
「ううん、ない」
「え?」
呆気に取られた様子のレンに、カイトは全く構わない。
「この季節じゃ少し寒いかもしれないけど、夜の桜も良いものだよ」
「!!」
「夜桜・・・」
レンとルカが納得したように呟いた。
「夜なら皆揃ってる日はあるし、意外と他の花見客も多いし、大丈夫だと思う」
「やたーー!!」
そうカイトが言い終わらない内にミクとリンはハイタッチして喜んだ。淡々としていたルカでさえ、戸惑いながらもうっすらと微笑んだ。否定的な意見を言っていたのも、行きたいけれどがっかりしたくない、という気持ちの顕れだったようだ。
「日時は姉さんと決めておくから、ほら、今日はこの話はおしまい!」
カイトがぱん、と手を叩いて、ミクから始まったその話は一段落を着いた。



「やっと寝た?」
深夜を迎える頃、リビングに戻って来たカイトにメイコがそう声をかけると、疲れたような苦笑が返ってきた。
「皆興奮しちゃって。顔には出してないけど、レンとルカも結構喜んでるよ」
「初めての花見だもんねぇ」
メイコは何か書かれている紙を片手に、カップ酒をあおった。その横で正座して、わざわざ猪口を取り出して一緒に酒を飲んでいたがくぽも話に加わる。
「私も初めてだし、嬉しいぞ。カイト、弁当には茄子も入れてくれ」
「分かってるよ」
「お酒も忘れず買い揃えておくのよ。下の子たちにはジュース」
「分かってるって。・・・飲み過ぎないでね、姉さん」
しかしメイコは返事をしなかった。ただ手元の紙を見つめている。
「花見であれだけ騒げるのは、子供の特権よね」
「えー、でも俺も前に、めーちゃんと研究所の人たちで初めて花見した時は、前の日すごく楽しみでワクワクしてたの覚えてるよ」
「・・・・ガキ」
メイコがまた酒を口に運んだ。
「酔っぱらいみたいだよ。ってか、何見てるの?スケジュール?」
メイコの持つ紙を示しながら、カイトもソファに座った。
「ううん、私の歌リスト」
「花見で何を歌うか、今の内に決めておくんだそうだ」
メイコは真剣に紙を見ていた。その様子にカイトは合点がいったように手を叩いた。

「めーちゃん実は、花見楽しみにしてるんだ」

同じことを言おうとしていたがくぽは、おもいっきり裏拳を決められたカイトを見て、やっぱりやめておくことにした。

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