短編集

□レン君の華やかなる日常
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女、という漢字が三つで『かしましい』という言葉になる。

俺は、先日の国語教師が授業で言っていたことを、目の前の三人を見ながら思い出した。

「あの・・・、今日も、ですか?」

三人の誰とはなしに話しかける。微妙に敬語なのは、内二人は年上で先輩だからだ。
「なにがー?」
俺と双子のリンが間延びした声で言う。
「いや、だから、昼飯・・・。たまには、クラスメートと食べたいなあ、とか・・・」
昼休みを告げるチャイムが鳴るやいなや、俺の机を囲むようなフォーメーションで、彼女たちは今日も当然のように弁当を持ってやってきた。
隣のクラスのリンはまだしも、学年の違う二人がどうやってこんなに早く俺の教室に来るのか不思議でならない。
「レン君、私たちとお弁当食べるの嫌なの・・・?」
上目遣いで正面から見つめてくるのはミク先輩。その上目遣いは、学校のほとんどの男子をトリコにしてしまいそうだ。
「いやね、ミク。レンは照れてるのよ」
「違いますけどね?」
強く自分で頷きながら言ったのは、皆のお姉様、3年生のルカ先輩。

彼女たち三人は、この学校では有名な美人三姉妹だ。

実際は姉妹でも何でもないんだけど、いつも三人仲良くつるんでるから、まとめてそう呼ばれている。
リンは俺からすれば、自分と同じような顔をした双子の姉だから何とも思わないが、先輩になるミク先輩とルカ先輩は確かに美人だと思う。

だからこそ、耐えられない。

「うう・・・、針のムシロだ・・・っ!」

クラスメート、主に男子生徒の視線が痛い。ひがみと妬みを隠そうとしないちくちくとした気配が全身に突き刺さってくる。

そして嘆かわしいことに、さらに厄介なのが目の前の三人。俺が顔を上げれば、三人ともニヤニヤと笑って俺を見ている。

そう、彼女たちは分かっていて俺を針のムシロ状態にし、それを楽しんでいるのだ。

悪魔だ。
俺は心の中で泣いた。

「あ!レンの卵焼き美味しそう!」
リンが楽しそうに言いながら、俺の弁当から卵焼きをかすめ取った。
「おいいい!何が『美味しそう!』だよ!お前の弁当にも入ってるだろ!!」
母さんが毎朝俺とリンの分を作っている。中身は一緒のはずだ。
そして、俺がリンに抗議を始めようとした瞬間だった。ミク先輩とルカ先輩の箸が伸びてきた。

「あ、私ミートボール好きなんだ」
「あら、このタコウインナーきれいな形ね」
「それが俺の弁当を取る理由になる!!?」

ひょいひょいと、俺のおかずが彼女たちの口に入っていった。

「育ち盛りなの」
「俺男の子!!!・・・・・ふっ、まあ確かに?リンはもっと育つべきだよな、胸囲的な意味で・・・ぶふぅ!!」

何故かリンではなくミク先輩から凄まじい平手が飛んできた。

「あ、ごめんね。レン君のほっぺたに蚊がとまってたから」
「あ、ありがとうございます・・・」

手のひらを見せながら、にっこり、という擬音が似合うのに何故か冷や汗が出てくる笑顔で言われたら、俺はもう『手のひらに蚊がいた痕跡ないんですけど』なんて、とてもじゃないがツッコめなかった。

「あれー?レンって巨乳好きだっけ?」
そんな俺とミク先輩のやり取りを見ていたリンが突然、すごい言いがかりを吹っかけてきた。
「ふーん、じゃあルカ先輩とかドストライク?」
「な・・・っ!」
ニヤニヤしてミク先輩が言うので、俺は自分の顔が赤くなっていくのが分かった。思わずルカ先輩を振り向けば、こちらをじーっと見ていて、さらに焦っていく。

「〜〜変なこと言わないでください!!」
「そうですよ、ミク先輩」

ミク先輩に怒鳴れば、リンからのまさかの援護。


「レンの狙いは、メイコ先生ですよ。ね!レン」


そうじゃねええええっ!!!
俺の渾身のツッコミは、あまりに沸点を超えてしまったために言葉に出来なかった。
『あんたのことはあたしが一番よく分かってる』と言いたげな、リンのどや顔がものすごく腹立つ。

するとふいに、誰かが俺の手をそっと握った。はっとしてその手の持ち主を辿れば、ルカ先輩。何故か切なそうな潤んだ瞳で、俺を見上げてくる。

「メイコ先生なんて、そんなのイヤ・・・っ。レン・・・」
「え。・・・・えぇ!?」

まさかの展開に、顔に一気に熱が集中して、俺は頭の中で火が点く音を聞いた気がした。俺の手を握るルカ先輩の力が少し強まる。

「ルカ先輩、ま、まさか・・・、俺のこ」
「メイコ先生は私が狙ってるの」

ボキボキ、と俺の手が鈍い悲鳴を上げた。
俺の右手、オワタ。

「え〜、ルカ先輩そうなんですか?」

口からの悲鳴を出せない俺を尻目に、ミク先輩の声は相変わらず楽しそうだ。

「やだ、恥ずかしい。でもまあそういうことだから、レンはカイト先生狙いってことで」
「何で!!?」
「二兎追う者は一兎をも得ず、よレン」
「どっちも追ってませんけど!?」
「今のなんかカッコイイ、ルカ先輩」
「ミク、リン、こういう時にすっと俳句の一つでも言える、知的な女にならなきゃだめよ」
「いや、馬鹿だろ!」

そこで俺は、はあ〜っと溜め息をついて脱力する。突っ込み疲れてしまった。
相変わらず背中に突き刺さる視線が痛い。きっと周りから見れば、とても楽しそうに見えるんだろうなあ・・・。

(まあ、まったく楽しくないこともないんだけど・・・)

だけどそれを素直に言葉に出すことは出来ない。
こうやって毎日毎日嫌がらせを受けているのに、どうしてそんなことを言えるっていうんだ。

きーんこーんかーんこーん・・・

「あ」
「「「ごちそうさまー」」」
「え」
気が付けば、目の前の三姉妹はそれぞれの弁当箱を空にして手を合わせている。
しょっちゅうツッコミをしていた俺は、まだまともに弁当を食べていない。
周りが次の授業の準備を始めようと動き出す中で、俺の腹がぐーっと鳴った。

そんな俺を、三人はもはや見慣れてしまったニヤニヤ顔で見やる。


「じゃあ、また明日ね」


クラスの男子の大半がうっとりとなってしまったその三人の笑顔に、俺は何とも言えない気分になる。

その言葉の通り、明日もきっと彼女たちは姦しく、そして素晴らしく華やかなのだろう。

それが俺の日常。
諦めるしかないのだろう、と俺はひとつ苦笑した。


END

ルカさんはもちろん、冗談ですよ^^

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