短編集

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「レン」
「ミク姉もカイト兄も、何やってんの?」
少し怒った、責めるような口調にカイトは苦笑いを返し、ミクはしょげたように眉をハの字に下げた。

二人の目の前、男の脇に立つまだあどけない少年は、先程二人に懇願していた男のうなじあたりに向けて、鋭い手刀を繰り出した。そして見事沈めたのだ。

「ミク姉はともかく、カイト兄はしっかりしてよ!」

きゃん!と犬が噛み付くように、レンはカイトに向かって非難した。するとカイトは自分よりもずいぶん小さい少年相手に、心から申し訳なさそうにシュンと項垂れた。

「ちょっとレン、うるさい」

ふいに鈴を転がしたような声がした。ミクとカイトが顔を上げると、レンの後ろから同じ顔をした少女がひょこっと現れた。

「「リン」」

カイトとレンの声が重なった。一拍遅れてミクが、『リンちゃん』と微笑みかける。
「うるさいって何だよ!」
心外そうにレンが眉をひそめる。
「カイト兄にぐだぐだ言わないで。カイト兄がものすごーくお人好しなのは知ってるでしょ」
「でもなあ・・・」
「無理です、ってきっぱり言えただけいいじゃない」
「・・・リン、レン、聞いてたの?」
唖然とした顔でカイトが言うと、二人はしれっとした顔で答えた。

「「伝説の一族ですから」」

見事なユニゾンだった。
ミクがにっこり笑い、カイトが脱力したその時。

「やっぱ、り・・・そう、なん・・・ですね・・・」

苦しげにうめく声がした。全員がそちらを、男を見る。

「げ!もう起きた。・・・リンが騒ぐから」
「ちょっと!自分の力量不足をあたしのせいにしないでよ!」
リンは口を尖らせるレンを押しのけて、服に袖がないにもかかわらず、腕まくりをするフリをした。
「どいて!次はあたしが落とす!」

「お願いです・・・、どうか、僕の村を・・・」

「・・・・・」
全員が男を無言で見下ろした。腕まくりをしていたリンも、その腕を下ろす。隙間風のような男のうめき声以外、音が消える。
しばらくして、わずかな沈黙を破ったのはレンだった。

「アンタの村、伝染病でも流行ったの?」

死にそうだったのが嘘のように、男は素早く頭を上げた。
「僕の村のことを・・・?」
期待のような、希望のような輝きが瞳に灯るが、レンは首を振った。

「ここに来る連中は、だいたい似たり寄ったりだ」
「病気を治して、とか。不老不死になりたい、とか。・・・・勝手よね」

レンの言葉を引き継ぐように、リンが吐き捨てるように言った。

「どんな病気も治してくれるんじゃ・・・・」

男の言葉が、わずかに震えた。
絶望しているのか、それとも怒っているのか、カイトはまた憂いを込めて目を伏せた。

「俺たちは、病気や怪我を治すことも、人を不老不死にすることも出来ません。・・・そんな能力は備わっていません」

カイトの声には確かに罪悪感が滲んでいて、リンもレンもわずかに呆れたような表情をしている。ミクだけが、カイトに同調しているようだった。カイトの傍で悲しそうにしている。

男は顔を上げるだけでは足りないのか、起き上がろうと腕に力を込める。

「じゃあ!伝説は・・・っ、噂は・・・・っ!?」

体を起こすに至らなかった男は、腕だけでカイトの元へと這う。カイトの足を掴もうと伸ばした男の腕を、カイトは一歩さがるだけで避けた。そしてめいいっぱいの同情を込めた目で男を見る。

「俺たちに出来るのは、ただ歌を歌うことだけ・・・。それがほんの少し誇張されて、噂が一人歩きして、今や伝説になっているだけです」

「歌・・・・」

男の脳裏に、ミクの歌声が甦る。
男はあの瞬間確かに、死ぬと思っていた空腹も疲労も渇きも、全て忘れた。もう指を動かす力もなかったのに、顔を上げることが出来た。

ミクの歌に包まれた時だ。

「歌で・・・・、病気を治すんですね・・・っ!」

喜び勇んだような声が、男から流れ出た。
その瞬間、レンが不快そうに表情を歪める。

「人の話聞けよ!病気なんか治せねーっつってんだろ!!」
「私たちの歌には、そんな効果ないの」

ミクも項垂れるように言った。カイトはしゃがみこむと、男に言い聞かせるように語りかけた。

「森に出口付近まで、背負います。直線距離だと、実は半日もかからないんですよ。どうぞ近隣の村まで行って養生してください」

同じ顔二つが、驚いたように口をあんぐりと開けた。
「何で!?カイト兄!!」
「どんだけお人好しなんだよ!そんな奴、ほっとけよ!!」
カイトは困ったように、二つの小さい影を見上げた。
「でも、このままじゃ死んじゃうし・・・」
きっ!と二人は同じ顔で同じように眉を吊り上げた。
「死にそうなのは、帰れないかもしれないのに森に自分から入り込んだからでしょ!?」
「そんで、森に入り込んだのは俺たちを利用しようとしてだろ!?少なくとも、俺たちがこいつに同情する余地はないね!!」
二人に気圧されつつも、カイトは「え〜と、」と何とか良い言い訳の言葉を探した。
「あ!それに、ここに放っておいて死んだら、ここで草花を摘むミクも、いい気分じゃないんじゃないかな〜・・・?」
カイトとしては苦し紛れのようだったが、二人には効果覿面だった。うっと言いよどむと、二人して視線をミクへと移す。

ミクはカイトほどお人好しというわけではないが、他人の心情に同調しやすい性格だった。リンやレンと違って元が穏やかな性格のカイトとミクは普段から仲が良く、ミクは多分にカイトから影響を受ける。
カイトがこの男の死を悲しむとなると、ミクはここで花を摘みに来て、男の死体を見る度に悲しい思いをすることになる。カイトが悲しいだけなら、カイトがここに来なければいいだけの話だが、ミクがここに来るのは日課だ。摘んだ草花は家に飾ったりハーブティにしたり、日常において必要ものだから、ミクがここに来ることを止めることはない。

だとしたら、ここで男を死なせるのは酷だ。

年上二人から捨てられた犬のような目で見つめられ、同じ顔でリンとレンは唸った。そして最初に音をあげたのはレンだった。
「分かったよ!好きにすればいいじゃん!」
リンは不服そうにしながらも、カイトとミクの視線に耐え切れずに頷いた。ミクは嬉しそうにぱあっと笑い、カイトは打って変わって大人びた表情で、リンとレンの頭を撫でた。カイトにされるがまま撫でられて、二人は口を尖らせる。それを見てカイトはクスリと笑うと、男を振り返った。
「森の出口まで送ります」
男はゆっくりと、限界のスピードで首を振る。
「俺は死んでも、いいん、です・・・。どうか、村を・・・」
カイトはまた悲しそうに眉尻を下げると、もう何も言わず男の腕を引っ張って、無理矢理背中に乗せた。男は抵抗しようとしたが、もう力の入らない体では出来ることはなかった。ミクの歌が止まってから、緩やかに倦怠感は戻ってきていた。
男を背負い立ち上がったカイトの傍らに、ミクがとてとてと並んだ。しかしカイトはやんわりとそれを制した。
「ミクは、リンたちとうちに帰って」
「なんで?」
男のことが気になるのだろう、ミクはカイトについて来ようとする。

「まだ花やハーブを摘み終わってないだろう?リンたちもまだ仕事が残ってるだろうし、ちゃんと終わらせないと姉さんが怖いよ?」

『姉さん』とカイトが口に出した瞬間、ミクもリンとレンも、ぴしっと背筋が伸びた。ミクはカイトの傍をさっと離れると、置きっぱなしにしていた花篭を拾い上げた。
「うん」
カイトは満足そうに笑って、『行ってくる』と手を振った。茂みにその長身の影が消えると、リンとレンは溜め息を吐いた。

「なんだかんだ言って、俺たちって結局カイト兄に負けるよな。あーんなにのほほんとしてるくせに、カイト兄は自分の意見曲げないから」
「うん。結局、カイト兄のやりたいようになっちゃった」

二人が『好きにしろ』と言った時、カイトはリンとレンの頭を撫でた。あれは、『ありがとう』という意味ではなくて、『よくできました』の撫でだった。

カイトはリンとレンを試したのだ。

あそこで、たとえ自分たちのためであっても、二人が誰かに向かって『死んでしまえ』と言ってしまうことを、カイトは防ぎたかったのだ。
「カイト兄って、ほんとお人好し」
その声は、どちらともなく漏れた。

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