ビヨンド・ザ・サンセット

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この国が定める法律に、継承権は一番初めに生まれた子供に与えること、というものがある。生まれたのが男であろうが女であろうが、最初に生まれたものが親のものを相続する権利を持つ。これは元々、継承権を争って内乱が起こるのを防ぐために定めたものだった。

けれどその法律が、この国に多くの辛苦をもたらすとは、当時の王も大臣も、思わなかった。



穏やかな鐘の音が鳴る。王宮前広場に満ちたその音は、快晴も相まってとても美しい響きをかもしていた。
その鐘の音の下、王宮と広場を繋ぐ長い長い階段を、まろぶようにして大臣の一人が駆け下りてきた。広場にはたくさんの国民が詰め掛けてきていた。

「お世継ぎのご降誕!!―――女王陛下が無事に御子をご出産なさった!!」

大臣が群集に向かって叫ぶと、割れるような歓声が沸いた。まるで鐘の音を伴奏に、世継ぎの誕生を祝う歌を歌っているかのようだ。
この国に生まれたかの子供は確かに、鐘の音にも国民にも、祝福されていた。

「これは・・・どうすれば・・・」

バルコニーから入り込んでくる歓声を聞きながら、別の大臣はうめいた。彼の目の前でめでたくも誕生した、この国の次代を担う世継ぎは――――

「双子・・・っ」

元気な産声をあげる小さな赤子が二人、大臣の前に差し出されていた。見守っていた宮廷医師や助産婦もざわつく。
「この場合はどちらが世継ぎなのでしょう?」
「まさか双子が産まれるとは」
「大臣殿、前例はないのですか?」
大臣は首を振る。そもそも法律自体が、それほど昔に出来たわけではない。定められてから今日まで、世継ぎが産まれた回数などたかが知れているうえに、双子が産まれたことはない。国民の中ではあっただろうが、それはその家庭でどうするかを決めさせている。だが世継ぎともなれば、王や王女の気持ちだけの問題ではない。この国の次代を決めるのだから、選ぶのならばそれ相応の理由が要る。

だが、理由を求めれば必ずこの双子の姉派と弟派で分裂が起きてしまう。
それだけは、駄目だ。

大臣が覚悟を決めて、双子の片割れを抱いて手に力を込めた時だった。

「お願い・・・それだけは・・・」

大臣は体を震わせて、抱いた赤子を見る。泣き疲れて、いまや安らかに眠っている子供。一瞬、この子が言ったのかと思い、その向こう側にいる女王が目に入る。

「殺さないで下さい・・・。それだけは・・・」

「女王陛下、動いてはいけません」
二人も産んだ直後の女王が体を起こそうとして、医師と助産婦に止められる。彼女の胸には、双子の片割れが抱かれている。
大臣がもう片方のこの子を抱いたのは、単なる偶然だ。理由は無い。ただ、どちらかは今日の誕生をなかったことにしなければならない。生まれたばかりの赤子のどちらが、玉座にふさわしいかなど分かるはずもない。だから派閥が出来る前にどちらかを消さなければ。

それがどれだけ罪深くても。

大臣は腕の中の赤子を見やった。何の罪も無い、無垢な寝顔。自分の子供ではなくても、庇護欲をそそられる。
「・・・ええ、ええ。殺したりなど、致しません。けれど、王族からは抜けていただきます」
「ああ、ありがとう」
眦に浮かんだ涙を堪えて、女王は言った。
そして、大臣に抱えられた双子の片割れは、そのまま大臣の養子となった。親が王族ではない『彼』には、もう永遠に継承権はまわってこない。これで、派閥争いは防げた。

これで、全てうまくいくはずだったのだ。



時は流れて、双子の誕生から12年もの月日が経っていた。レンは大臣の家で教育を受け、街で駆け回っている同じ年頃の少年よりは落ち着きと教養を兼ね備えていた。そのためか、自分の出生は早くから父である大臣に聞かされていたが、レンにとってははっきり言って特に心動かされることではなかった。自分の親は大臣しか知らないし、まだ行ったことも、また今後行く予定もない王宮に居る双子の姉がお姫様をしていると言われても、ぴんと来ない。
大臣はレンの将来に干渉しなかったので、レンは自分が王家と関わることはないと、信じていた。



物心ついてから、この国は随分変わったように、レンは思った。

きっかけは、おそらく双子を産んだ女王陛下が、出産後突然体調を悪くして死んでしまってから。

彼女を深く愛していた王は心を病み、比例するように国政が荒れた。それでも優秀な大臣たちが何とか国を踏み止まらせていた。レンの父もその一人だった。
けれども暴政が続き、王宮からは優秀な大臣が消えてゆき、奸臣が徐々にのさばってくるようになった。

栄華を極めていたこの王国に、暗い影が差し始めていた。

そして心を病んだ王は、間もなく死んだ。これに安堵した国民は、声を上げさえしなかったが、少なくなかった。レンでさえ、大臣の家でほっと息をついたものだ。これで、思い悩む養父を見ることもなくなる、と。

間を置かずして、レンの双子の姉だという姫が王位に就いた。

新しい御世の始まりだった。最初こそ、その姿を見て誰もが驚いたが、先王がもたらした暗雲を払い、少女らしい華のある笑顔でこの国を照らしてくれると、祝いのパレードで新しい王女を見た国民は思った。
レンはパレードには参加していなかったが、周囲の人々の表情どおり、明るい時代が来ると思っていた。

―――そう、突然家に、父が反逆罪で処刑されたという知らせが入るまでは。



父が反逆罪など犯すはずがないと信じていたレンは、周りからそれとなく、王女の話を聞いた。

齢たった12の王女さまは、良くも悪くも先王から全てを継承していた。

暴政を振るおうとする王女を諌めた結果の、反逆罪だった。
レンは生まれて初めて、叫ぶように泣いた。大臣である父から教育されて、一度も使ったことのない罵詈雑言を一晩中吐き捨てた。
自分の映った鏡を見て、同じ顔をしているとよく父から聞かされていた王女の顔を思い浮かべて、鏡を叩き割った。

程なくして、喚問のためにレンは王宮に呼ばれた。喚問とは名ばかりだと、レンは分かっていた。おそらく同罪でレンも裁かれてしまうのだろう。

それでもいい、とレンは思った。

迎えの使者がレンを縛る前に、レンは背後のズボンに薄いナイフを忍び込ませていた。
どうするつもりなのか、自分でも良く分からなかった。

ただただ、自分の双子の姉が、憎かった。





「・・・ン、レーン!」
靄の向こう側から呼ばれるように、徐々にその呼び声が聞こえ出してレンははっとする。気付けば、風景を見ながら馬車に揺られていた。前の席で、不満そうにしている王女が目に入った。
「あたしが呼んでるのに、ぼーっとして!」
「申し訳、ありません」
レンはまだ呆然としつつも、佇まいを直した。居眠りをしていたわけではなかったが、随分と意識を遠くへ飛ばしていたものだ。

いまだぷりぷりと小言を吐く王女を見ながら、またふとレンは懐かしい気分になる。

現在と全く変わらない謁見の間の、赤い絨毯の上に、後ろ手を縛られて膝を着かされた時に、こんなことになるとは、当時のレンは想像もしなかっただろう。

壇上からレンを見た王女は、くだすはずだった判決を捨てて楽しそうに笑い、レンを自分の部屋へ呼び出した。そしてレンに命じたのだ。

『あなた、今日からあたしの召使いになりなさい』

レンは部屋に入った瞬間から、腰のナイフに手を伸ばすことすら忘れていた。

父から、同じ顔をしていると何度も聞いていた。鏡を見て、王女を想像したことは何度もある。

けれど、実際に王女の顔を見たその時、聡明なレンは悟ってしまった。

その瞬間に、心を占めていた憎しみと入れ替わるように湧いた想いを、きっとレンは一生王女に伝えることはない。けれど、それでいい。

レンが召使いになることを拒まない、と信じているかのように無邪気に笑う王女に向けて、レンは今は亡き養父から教えてもらった角度で頭を下げる。

『かしこまりました、我が女王陛下』

この時、レンは覚悟したのだ。
―――随分と、茨の道を歩くことになるだろうことを。


そして2年の月日が流れて現在、二人は同じ馬車の中。
やっと不満が引いたのか、王女は窓の外の景色を見た。

「緑の国と言うだけあって、とても自然がきれいね」

2年前と何ら変わらないその無邪気な笑顔。
レンは眩しそうにそれを見ながら、『そうですね』とうっすら笑った。

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