ビヨンド・ザ・サンセット

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店の中に入ると、そこはミクに似合ったとても可愛らしい内装だった。花屋だと思っていたが、花はほとんどが店の外に陳列されているだけで、店の中は雑貨屋のような雰囲気をしている。
商品なのかインテリアなのか分からないが、華奢な脚の小さいテーブルを勧められる。席につくと、ミクがゆっくりと紅茶の注がれたカップを置いた。立ち昇る湯気が、レンの不安を吸い取るように揺らぐ。
「飲んで下さい。落ち着かれると思います」
レンはばれないように、紅茶の香りを嗅いだ。何の茶葉を使っているのか、匂いに異常はないか、これは王女に紅茶を出す前に必ずする行為で、レンはこれをしなければ次の行動に移れない。

(良い葉を使ってるな・・・)

レンは一口飲んだ。王宮に上がるほどのものではないが、一般人であれば、どちらかと言えば高級品だろう。
「お連れの方は、どんな方ですか?ひょっとしてガールフレンドですか?」
レンが年下だからだろうか、ミクはどこか微笑ましいものを見る目で尋ねた。
レンは思わず紅茶を吹きそうになって、盛大に咽た。

「ち、違いますっ!!」

全力で否定する。
「・・・あ」
驚いたような顔をするミクを見て、レンはふと冷静になる。

ミクに勘違いを、されたくなかった。

そう思ったことを自覚して、レンは一気に顔が赤くなる。なぜそう思ったかを理解出来ないほど、レンは鈍くはない。思わず俯いて、赤い顔を隠す。

「・・・・・姉です。双子の」

王女を、そう説明したのは初めてだった。だからだろうか、レンは王女を双子の姉だと言ったことに、ひどく違和感を覚えた。彼女と『双子の姉弟』であった時間など、養父である大臣に取り上げられるまでの、ほんの一瞬だ。

「双子のお姉さん・・・。心配ですね」
「ええ・・・」
「だって、あなたにとっては、半身のようなものですものね」

レンは顔を上げて、困ったように笑う。


「あいつは、俺にとって、0でもあるし、1でもある」


テーブルの傍で、ミクが不思議そうに首を傾げた時だった。
鈴の音と共に店の扉が開いて、青い髪の青年が入ってきた。

「カイトさん!」
「・・・あ、レン!!」
「お・・・!!」

ミクが嬉しそうに笑い、カイトの後ろから顔を出したリンが自分の召使いを認めて驚き、レンはその声に反応してついいつものように呼びそうになったのを堪えた。
カイトだけが、きょとんとして扉のノブを握っていた。
「彼が、君の連れ?」
カイトはレンを見て、双子だったのが意外そうに言う。
「ええ!本当にありがとう!」
レンの手を取って席から立ち上がらせていたリンはカイトを振り返った。
「レン!あちらのカイトさんが私をここまで案内してくれたの!」
レンは状況が飲み込めず、双子だと認識されている中で王女に対してどういう態度を取ろうか迷いつつ、とりあえずカイトに頭を下げた。
カイトが気にするなと言いたげに手を振っていると、頭を下げたレンの横を、緑の影がすり抜けるのが横目で見えて、レンは思わず顔を上げ、王女もレンと同じ視線を追った。

「カイトさん!」

本当に嬉しそうな、声だった。今までレンに対して姉のような、母のような、優しいだけだったミクの声に、レンの前では出さなかった無邪気さが混じる。

まるで、心を許した相手に甘える少女のそれ。

レンもリンも、同じ目を青と緑の影に注ぐ。

駆け寄って伸ばしたミクの手を、優しく優しくカイトが取った。

「ミクさん」

リンは自分の唇に力がこもるのを感じた。自分の名前を呼んだ時と、緑の少女を呼ぶ時と、カイトの声は変わらず優しいのに、その顔は蕩けそうに笑っていた。

「今日も来て下さったんですね」
「ええ、・・・・もうすぐ国へ帰るので」

ミクがぱっとカイトを見上げた。寂しそうな、不安そうなミクの顔。レンは息が止まるような痛みを覚えた。

「今度はいつ緑の国にいらっしゃるんですか?」

見上げた顔を俯かせて、ミクは消え入りそうな声で言う。その声に、カイトも寂しそうに笑って、ミクの肩を抱き寄せた。

「きっと、すぐに」

カイトはこの緑の国に貿易をしに来ている、海の向こうの国の貴族だと、子供が言っていたのを王女は思い出した。商売でない限り、この国に来ることが難しいのだろう。

「あ、あの!」

王女はそれ以上、寄り添う二人を見ていられなくて、見たくなくて、声を上げた。すると、王女とレンの存在を今思い出したかのように二人ははっとすると、ぱっと離れた。
二人とも顔が赤い。それを見て、王女と召使いは同時に唇を引き結んだ。

「二人は、お知り合い、だったのかしら?」

王女は、答えなど知っていた。それでも、何か話をしないと耐えられなかった。王女の問いに、カイトとミクは顔を見合わせると、同じような優しいばかりの笑顔で頷いた。

「ええ」

見事に重なった二人の声に、自分たちの入る隙間がないことを、王女もレンも痛感した。優しく、それでいて強く握られた二人の手に対抗したつもりはなかったが、王女は思わずレンの手を握り締めた。レンが王女を見るのと同時に、王女はずんずんと出口に向けてレンを引っ張り歩き出す。

「帰ります。今日はお世話になりました」

硬い声だった。泣きたいのを、我慢している声のようだとレンは感じた。

「お元気で」

カイトが声をかけた。王女は一度立ち止まり、くるりと振り返る。

「ええ、貴方も」

カイトが見た王女の顔は、痛みを堪えたものだった。そしてカイトから視線をそらせるように、王女はカイトの隣に並ぶミクを見た。ミクの肩が震えて、カイトはミクを見る。

カイトがミクに視線を移している間に、金色の双子は去ってしまった。

「ミクさん?」

若干、顔色が悪いミクを気遣うように、カイトがミクを覗き込む。ミクははっとして、心配させまいと首を振った。そして、少女の去った方を不安そうに見やった。

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