ビヨンド・ザ・サンセット

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何を話しかけても王女は応えないので、仕方なしにレンは馬車から緑の国を眺めていた。二人は予定していた滞在期間をきっちり緑の国で過ごし、今、帰路についているところだった。走り去っていく緑色の景色が、どんどんミクから離れていくことを見せ付けているようで、レンは目を細めた。

あの花屋でミクとカイトに出会ってから、この国の滞在中にもう一度だけ街に降りた。カイトの帰国を見送りに、だった。レンは王女と二人で港に見送りに行ったが、案の定カイトとミクは手に手を取り合って別れを惜しみ、王女とレンはまるでただの置物のように黙って二人の別れを見守るだけだった。

この見送りに行くべきじゃなかったと、レンが後悔するのはもう少し後のこと。




馬車が大きく揺れて停まった。レンがはっとすると、景色はいつの間にか見慣れた王宮前広場だった。少し離れたところに、断頭台と寄り添うように教会が見える。
「ぼーっとしていたわね」
気が付けば、王女がレンを見据えていた。ひどく無機質な、感情のない顔をしている。いつもの、残酷なまでの無邪気さすら見えない。
「長旅でしたから」
当り障りのない答えを言う。王女はしばらくレンを見つめ、そっぽを向くように外の景色を見る。王女の視線の先に断頭台があり、レンは自然と背筋を伸ばした。

「・・・そうね。そんな長い期間いたはずじゃないのにね」

出発前とは違う、王女の横顔。レンは心臓の冷える思いがした。
「帰り道、いろいろ考えていたのよ」
「・・・・・」
「レン、王宮に入ったら、あたしの部屋に大臣を呼んでちょうだい」
「・・・・かしこまりました」
嫌な予感に冷える心臓を押さえるように、レンは胸に手を当て頭を下げた。



日が沈み、ただでさえ少なくなっていた広場には、もはや人影はない。バルコニーからそれを眺めていた王女を、レンは呼ぶ。
「お体が冷えます。どうぞもう中にお入りください。もうすぐ大臣がいらっしゃいます」
レンは王女に言われたとおり、大臣に王女の部屋に来るように言っていた。ちょうど会議中で、もうそろそろ終わる頃だから、大臣もやってくるだろう。
「いろいろ考えたの」
ぽつりと王女が、馬車の中で言ったことを呟いた。そしてレンを振り返る。

「あの港で、カイトさんがあの緑の女に何て言ったか、レンは聞こえた?」

突然出て来たカイトとミクのことに、レンは面食らいつつもすぐに港に見送りに行ったことを思い出す。王女もレンも二人に近づけなくて、レンは二人が別れを惜しんでいるのは分かったが、会話の内容までは聞き取れなかった。

「あたしは聞こえたの。だって、カイトさんの声だから」

そう言ってうっすらと笑う王女。レンは思わず一歩踏み出した。
「王女様」
「『今度』・・・」
「え」
「『今度緑の国に来る時は、貴女を迎えに来る時だ』って」
レンは目を瞠る。それはつまり、
「結婚・・・?」


「知らないわ」


切り裂くように、きっぱりと王女は言い捨てた。

「だって、カイトさんは迎えになんて、来られない。いろいろ考えたの。どうやったら、カイトさんがあの緑の女を迎えにくるのを阻止できるか。・・・・緑の国なんてなければ、迎えには来られないでしょ?レン」
「王女様・・・」
「カイトさんの心ばかりか、あたしの召使いの心まで自分のものにして。・・・ひどい女。あの女も、豊かで美しいあの隣国も、目障りだわ」
「!!」

じわりと、冷たい汗が流れた。レンがもう一歩王女に近付こうとしたのと同時に、背後で部屋の扉が見計らったように開く。レンが振り返ると大臣が立っていた。
レンが振り返るのを追うように、王女の静かな声が大臣に向かった。


「緑の国を滅ぼしなさい」


本当に、本当に静かな声だった。





扉が開いて、酒場に入ってきた人物を認めると、店中に歓声が沸いた。
「おーう!領主様!今日もお疲れ様だな」
「領主様!市中警備助かるよ」
「一緒に飲みましょうよ、領主様ー」
「なあ、メイコ様!」
次々にかけられる声ひとつひとつに、メイコは不敵な笑みで応えカウンター席まで大股で歩み寄る。そして指定席となっているのか、メイコが向かった先に座っていた男はそそくさと自分の席を譲った。メイコは苦笑一つもらして席に座った。何かを注文する前に、酒が注がれたコップが目の前に置かれる。
「ありがとう」
メイコは一気にその酒を煽る。その途端、また店中に歓声が沸き、口笛や拍手が響いた。

メイコは、今や『悪の国』と呼ばれるようになってしまったこの国の、緑の国との国境に面した小さな土地の領主だった。つまりこの国の貴族の一端。
武断派だったメイコの父は、それでいて温厚、人望も厚くとても慕われていたのだが、王女の周りをうろつく奸臣にとっては目障りだったらしく、いろいろと理由をつけては、この国境まぎわという辺鄙な土地に飛ばされた。
3年前にその父親は亡くなり、法律に則って長女であるメイコが後を継ぎ、信望厚い前領主の娘という領民の期待を裏切ることなく今日まで自分の領地を治めていた。悪逆非道と言われる今の王女の搾取と暴虐により、国全体が貧困に喘ぐ中、メイコが治めるこの土地は比較的穏やかな日々を送っていた。緑の国との国境近くで王女の住む都から遠い、ということもあるが、やはりメイコの手腕だろうと領民からはメイコは信頼されていた。

奸臣の策謀により父親が左遷されてしまったことは口惜しいが、『メイコ様がこの土地の領主様で良かった』と言われれば、そんな思いも報われると言うものだ。

「私は別に、才気溢れる人間ってわけじゃないから、ただ毎日必死に走り回っているだけなんだけどねえ」

メイコは新しく出されたコップの酒を、今度は煽らず、一口飲んだ。

「いいえ、領主様が我らに一生懸命してくださっている、という事実が嬉しいのですよ」

店の主人である、初老の男が笑う。
「それだけで、我らも一生懸命働こう、と思うもの。絶望せず、一生懸命働いていけばこの治世でもかつがつ食べていけます」
メイコは飲もうとして持ち上げていたカップを、思わず置いた。

この国は疲弊している、とメイコは思う。

王女の不条理なまでの搾取が続き、これ以上出せないと思えても、隣人の首が飛べば自分たちの明日の食事を諦めてでも献上する。

ある者は首が飛び、ある者は体を病み、国民が少なくなっていくばかりなのに、納める量は増えていく。

今日働いても、明日自分たちが食べるものはない。

働く意欲も、他国へ逃げる余裕も、絶望する隙間さえ消えうせた。

国が疲弊している。
痩せて、衰えようとしている。

その中で、燦然とした楽園のようなあの王宮で、齢14になる一輪の花はそのことに気付かないのだろうか。

メイコはそう思って、瞳を伏せた。

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