ビヨンド・ザ・サンセット

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太陽がちょうど真上に昇った頃、自室で文書に目を通していたメイコがふいに叩かれたノックに返事をすると、副官が素早く部屋に滑り込んできた。

「どうしたの?」

副官は2、3歩歩み寄ると、メイコの前で肩膝を着いた。

「我等が革命軍に志望する者が、7万を超えました。中には、メイコ様のように領民を率いて傘下に入りたいと言う貴族も少なくありません」

メイコは呼んでいた文書から目を離して顔を上げた。表面上には出さなかったが、ここまで大きくなったのは、はっきり言って意外だった。

メイコが領民たちに初めて悪の娘に歯向かうと告げた時、誰もが不安そうにしていたが、それと同時に誰もがメイコを信頼し、メイコに付いて行くと言ってくれた。
それはメイコにとって嬉しくもあったし、罪悪感を覚えることでもあった。悪の娘の恐怖政治は国中に蔓延していて、孤軍奮闘、反乱は失敗する可能性が大きかった。

『一緒に死んでくれ』と言っているようなものだ。

けれど、それに領民は首を縦に振ってくれた。嬉しかったし、悪い気もしたし、だからこそ守り抜かなければ、とも思った。
そうしていざ反旗を翻してみれば、蔓延していた恐怖は怒りと不満の裏返しで、誰も彼もがもう限界だと思っていたようだ。メイコに賛同する領主、民、緑の国の生き残りは少なくなかった。烏合の衆ではあるが、精鋭を飲み込むくらいの多さと勢いがある。

「ところで・・・」

副官が再び話し始め、メイコははっとして副官に意識を戻した。

「仲間になりたいと言って、メイコ様に面会を求めて来ている男が一人いるのですが」

戸惑った様子の副官に、メイコも眉根を寄せる。

「面会?」

副官が頷く。
今まで仲間に志望してきた者は、だいたいが生活を追い詰められたり、大切な人を殺されたりした国民だったので、反乱に参加することが目的の者が多かった。
つまり反乱が成功して悪の娘を排除してくれるなら、反乱軍の頭が誰であろうと構わない、という者たちだったのだ。だから参加させてくれ、と言えど、メイコと面会させてくれ、と言う者はいなかった。領民を率いて参加してくれた領主などには、メイコから会いに行ったことはあったが。

「・・・どんな男?」
「青い髪の、若い男です。私より年下かと。私兵を引き連れて来ています」
「私兵!?」

メイコは驚く。私兵を持っているなんて、貴族か荒稼ぎをしている大商人くらいなものだ。
「本人は、青の国の貴族だと自称しています」
「青の国!?」
メイコは更に声を高くした。
「何で青の国!?」
海を挟んでいて、この国とも緑の国とも貿易以外の親交はなかったはずだ。首を傾げる副官に、メイコは当初の困惑した様子を思い出して納得した。
「・・・・分かった。会うわ」
「危険では?」
メイコも、油断するつもりはない。だが私兵を率いている相手を無視するのは、怖い。

「敵だろうが味方だろうが、まずは腹を探らないと始まらないでしょう」
「・・・お連れします」

納得したのかしてないのか、副官は立ち上がると部屋を退出した。


そしてしばらくして副官が連れて来た男を見て、メイコはぽかんとする。私兵を引き連れていると言うからどんな男かと思えば、若輩と言えるくらいまだまだ若い、大人しそうな青年だった。

はっきり言って、戦場で戦える面差しではない。メイコの方が遥かに覇気を持っているだろう。

けれど、その目だけは覚悟を決めた男の目だった。

メイコは最初こそ呆気にとられたが、その目を見て気を引き締めた。この、目の前の男が敵であろうが味方であろうが、生半可な想いでメイコの前に立っているわけではないと分かったからだ。

「私に会いたい、と?何のご用件か?」

メイコは自分と向き合うように置かれた椅子を勧めたが、男は一瞥しただけで、椅子の隣に立ったままだ。副官は扉の傍に控え、男が不審な動きを見せたならいつでも斬りかかり、退路を防げるように構えている。

「突然のお訪ね、大変申し訳ない。私は青の国の貴族、カイトと申します。不審ならば、青の国にお尋ね下さい。位の低い下っ端貴族ですが、きちんと登録はされていますので。・・・・用件は、と問われれば、ただ貴女がどんな人か、自分の目で確かめたかったのです」

つらつらと、音読するようにカイトは言う。

「・・・・そう。で?私に会った感想は?」

メイコはカイトの挙動全てを見逃すまいと、瞬きもせず見据えている。しかし睨むようなメイコの問いに、カイトはふと表情を和らげた。

「綺麗な人だな、って思いました」
「・・・はぁ!?」

メイコは思わず椅子から落ちそうになる。カイトからは見えないだろうが、カイトの背後で副官も虚を突かれたような顔をしている。

「革命軍を率いる女剣士、なんて聞いていたから、ものすごい想像してたんです、俺」

くすくすとおかしそうにカイトは笑う。一人称がすでに『俺』になってしまっていることに誰も気付けない。

「・・・貴方は、何がしたいの?どうして、青の国の一貴族が悪の国の反乱軍に加わろうと思ったの?」

メイコはとりあえず話を戻す。呆気にとられてばかりはいられない。
カイトが、青の国の貴族だということは、信じることにした。所作を見ていれば本当に貴族かどうかぐらい、同じ貴族であるメイコにだって分かる。
ただ、カイトの目的が分からない。
どちらかと言うと、青の国自体が出て来てくれた方がまだ分かりやすい。
非人道的な行いを粛清するためとか、緑と悪の国の領土を横取りするためとか、理由はいくらでも思いつく。ただ貴族一人だけだと、何が目的か分からなくなってくる。

「・・・・・」

カイトが間を置いて口を開く。戸惑うように、口を開けたり閉じたりして、やっと決心したのか、息を吸った。

「心から愛していた人が、緑の民だった」

青い青い瞳が、波のように揺れた。
ああ、とメイコは内心息を吐いた。納得した溜め息でもあったし、寂しさの溜め息のようでもあった。
失ったのは、自分たちや緑の民だけではないのだな、と。

「悪の娘が、憎い?」

メイコが問えば、困ったようにカイトは笑った。
「分からない」
「分からない?」
メイコは顔を上げた。
「復讐に来たのではないの?」
カイトは首を振る。まるで帰り道の分からない迷子のような動作に、メイコは複雑な悲しみを見た気がした。

「悪の娘が憎いのかどうか、分からない。ただ、あの人が世界から居なくなってしまったことが、ただ悲しい」

両手の指を絡ませながらカイトは俯き、『恥ずかしながら、』と軽く笑う。

「女々しい、と思われるかもしれません。けれど俺は、悲しくて悲しくて、・・・・悲しすぎて、泣けばいいのか、怒ればいいのか・・・・。もうどこへも進めなくなってしまったんです」
「・・・分かるわ」

本当は分かっていないのかもしれないけれど、メイコはそう答えた。
「ありがとう」
カイトもそれに笑顔を返す。
「きっと、この反乱が終わる頃、俺はやっと納得できると思う」
「納得?」
「全部終わったことだ、と。あの人は死んだんだ、って」
眉尻の下がった、困ったような笑顔。カイトはやって来た時から、こういう笑い方しかしない。優しい面立ちだから、もっと心からの笑顔が似合うだろうに、とメイコは思った。
「革命軍に加わる理由としては、不十分かな?」
「いいえ。元々、理由なんて求めてないから大した問題じゃないわ。誰も彼も悪の娘が憎くて、苦しくて。理由は聞かなくても分かってるようなものだから」
「そっか・・・。・・・・俺のことは自由に使って。一応剣の心得はあるよ。俺の私兵は、俺の命令ならちゃんと聞くから」
カイトはメイコに歩み寄った。背後で副官が警戒態勢に入ったが、カイトは気付いていないのか、または気にしていないのか、変わらずメイコの前に立って手を差し出した。

「よろしく、メイコ」
「こちらこそよろしく、カイト」

お互いがそう呼び合うことに、あまり違和感がないことを不思議に思いつつ、二人は手を握り合った。

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