ビヨンド・ザ・サンセット

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結論から言えば、カイトはメイコや副官の思った以上の働きをしてくれた。
普段、護衛をしていると思われる彼の私兵がそれなりに強いのは、メイコたちが期待した通りだった。意外と言えば、カイトだった。
優しげな物腰と面立ちで、戦場だの革命だのには不向きだと思っていたが、貿易を生業とし幼少より海賊と渡り歩いてきたらしく、剣の腕もあれば戦場での度胸も、兵士に劣りはしなかった。
また、彼は貴族という立場を嵩に着ないらしく、すぐに反乱軍に打ち解けた。

メイコの軍は、当初メイコが不安に思っていたようなことはまるでなく、どんどんと数を増やしていき、国中に満ちていた恐怖が手の平を返したように王女への憎しみに変わっていった。実際はカイトしかいないにもかかわらず、青の国が手を貸していると言う噂が広がって、それがまた反乱軍を勇気付けた。
そうして、メイコの領地から始まった反乱の戦線は、異例の速さで王女のいる王宮まで押しあがっていった。



「―――こんなに簡単だなんて」
メイコはずいぶん近くなったこの国の王宮を見上げた。いつの間にか、こんなに近くに来てしまった。
「拍子抜け?」
隣にカイトが並び立って、メイコを振り返る。
「ううん」
メイコは首を振った。進軍が異例の速さとは言え、それは決して短い時間ではなかった。いつの間にか伸びていた髪を後ろで一つに束ねていたため、首を振ると頬に髪が当たった。
「こんなにも簡単なら、さっさと行動していれば良かった」
王宮の向こうに、暗雲が見える。
「そうしていれば、緑の民も、私の部下も、失われることはなかった・・・。貴方の恋人も・・・」

「けれど、歴史に『もしも』はない。」

カイトが止めるように割り入った。
「君の部下の死も、・・・・あの人を含めた緑の民の死も、君の責任ではない。君の責任は、この革命だけだ。君は真っ直ぐに、君の信じる道を行けばいい。過去は振り返っても振り返っても、何ひとつ変わりはしないのだから」
カイトは控えめに笑う。
「俺が君の背中を支えるよ。だからどんなに後ろを振り返ってみても、俺が居るだけだからね」
道中で年齢を聞いてみれば、メイコより2つ年下だったその朗らかな顔を見て、メイコもクスリと笑う。
「それは・・・頼もしい」
カイトはずっと、メイコを支えていた。それを言うなら、メイコの周囲に居る人々全てがメイコを支えていてくれていたが、副官を始め反乱軍の兵士たちは皆、メイコを上官、指揮官として見ている。けれどカイトだけは、いつでもメイコを同じ視線で見てくれた。メイコを信頼し、メイコの後ろを護り、それでいてへりくだることなく気軽に接してくれる。

友人のようでもあり、恋人のようでもあり、結局それのどれとも違う。

「最近考えたの」
「うん?」
「弟がいたら、貴方みたいな子だったかしら、って」
カイトが驚いたように目を丸くした後、どこか嬉しそうに目を細めた。
「じゃあ、生まれ変わったら、姉弟に生まれようか」
顔を見合わせて、メイコとカイトは笑い合った。
メイコはもう一度暗雲を見上げて、だとしたら、彼の恋人だったという『あの人』は、メイコの妹になるのだろうか。

それもいいかもしれない、と思った。



王女の部屋の周りに、ドタドタと慌しい足音が複数響いている。それを王女は退屈そうに、召使いは淡々と聞いていた。
「城が包囲されてるだと!?兵はどうした!!?」
「緑の国侵攻の際に負傷した者ばかりです!ただでさえ、無理を押しての侵攻でしたので・・・」
「では、徴兵しろ!!」
「国民のほとんどが、すでに反乱軍ですっ!!!」
狂ったような甲高い声の応酬。
「もういいっ!!私は城を出る!!」
「大臣!?お待ちください!大臣!!」
そして慌しい足音が遠のいていく。レンは外側が見えているかのように、閉じられたままの扉を見つめてから、王女に聞こえないように溜め息を吐いた。

元々、私利私欲で動いている奸臣だ。こうなることは、分かっていた。

先程の慌しさが嘘のように、今度は静寂が降りてくる。窓の外に視線を移せば、赤い旗を掲げた群衆が見える。屈強な兵士も、ボロボロの服を纏った農民もいる。

まさに烏合の衆。

これらを纏めるのは大変だっただろう。あまりよくは見えないが群衆の先頭に見える、赤い点のような人影をレンは心の中で賞賛した。

「静かになったわね」

レンは王女に視線を戻す。
「民はあんなに、何を怒っているのかしら」
王女は心底、分からないという顔だ。分からなくても構わない、という顔。

「いつか、王女にも、分かります」

レンが小さく言うと、王女はきょとんとした目で見返した。
「愚かな民の言い分が?」
「無力な民の願いが、です」
レンは王女の傍を離れて、つかつかと真っ直ぐクローゼットに歩み寄った。

養父なら、こんな時王女を見捨てたりしなかっただろう。
いや、養父なら、そもそもこんなことにならなかったかもしれない。

けれど、歴史に『もしも』はない。

レンはクローゼットに手をかけて、ふっと立ち止まる。

「王女様」
レンは自分の背中に、王女の視線が向いたことを何となく感じ、クローゼットを前にしたまま尋ねた。


「毎日、楽しかったですか?」


『王女の願いなら俺は叶える。それがどんなに罪深いことでも、俺はやる。誰を敵に回しても、俺が守る』


だから、君は笑っていて。


「ええ。レンが遊んでくれたから」
『悪の国は、滅びますよ』

王女の声の後ろに、あの緑の強い声が聞こえた。王女にとって、何が遊びだったのだろう。その結果、『彼女』の言う通りになった。

レンは小さく笑って、クローゼットにかけた手に力を込めた。静かに開けば、王女の目にも眩いドレスが並んでいる。これで正装ではないのだから笑ってしまう。その並んだドレスたちの下に、一着だけ黒い布に包まれた服が置いてある。レンはそれを取り上げて、クローゼットを閉めた。気付いた王女が不思議そうに見つめてくる。

「それは何?」

レンは微かに笑みを作ると、黒い布を取った。中からは、レンが普段から身に纏っているものと同じ給仕服。

「あら、レン?あたしのクローゼットに自分の服も入れてたの?」

その事実に頓着した様子もなく、王女は相変わらず不思議そうな顔をした。

「・・・・反乱軍が起ったと聞いた時から、入れておりました」

ふうん、と言いながら王女は首を傾げた。レンは、テラスから室内に引っ張り込んだいつもの白いテーブルに座る王女の所まで歩み寄った。

「王女様。国民は今、王女様を殺そうとしているのです」

王女は目を丸くした。
「殺す?あの愚かな民たちが?あたしを?」
その王女の驚きには、出来るわけがないのに、という呆れが滲んでいる。この王女は、城を反乱軍に取り囲まれた今でも、自分が誰かに、ましてや愚かな民たちに殺されることなど想像もしなかったのだろう。

生まれてからこれまで、狂った父王の暴政を見て、奸臣に甘やかされて。

この国の頂点は自分だと。
自分の叶わない願いはないと。
歯向かう無礼者は死ぬものだと。
国民は君主の前に跪き、君主の為に汗と血を流すものだと。

間違いではないかもしれない。間違いだったのは、それを当然と思い込んだことだ。それを間違いだと、教えてくれる者もいなかったわけだが。
だから王女は、国民には君主を憎み、殺す選択肢など最初からないと思っている。

「どうして、あたしを殺すの?」

王女は立ち上がった。恐怖しているふうではないが、あまりにも理解不能だと憤慨している。

「王女様は、国民から憎まれ、怒りを買い、死んで欲しいと願われているからです」

レンは手に抱えた自分の給仕服を見下ろした。王女は言葉をなくして、困ったように視線をさ迷わせた。
「・・・どうして?」
「それは、ご自分でお考え下さい。・・・・私がお答えすることは出来ません」
「でも彼らは私を殺すのでしょう?私には自分で考える時間なんて」
まるで自分の死を他人事のように言う王女の言葉を遮るように、レンは給仕服を王女に差し出した。

おそらく、王女の召使いになって最初で最後であろう、満面の笑みと共に。



「これを着てすぐお逃げなさい」

言ってレンは、錘の落ちる音を聞いた気がした。

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