ビヨンド・ザ・サンセット

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たくさんの足音に掻き消されないよう、メイコは大きく息を吸った。

「私とカイト殿は謁見の間へ行く!!第一部隊は東塔へ!第二部隊は西塔、第三部隊は庭園方面、第四部隊は正面階段で待機だ!!残りの部隊は城の包囲を崩すな!!」

剣の切っ先で言った方向を示しながら、メイコは的確に指示を飛ばす。纏めるのが大変だった分、一旦纏まってしまえば彼らはメイコの手足のように機敏に動いた。メイコの指示を受けて兵士が散ると、緻密な模様をした絨毯の廊下には、メイコとカイトの二人だけが残った。
「俺たちだけでいいのか?」
メイコは謁見の間の場所を知っているのか、迷いなく歩き出すので、カイトはその後を追う。
「王女は齢14の少女。捕らえるのにそんな人員は要らない。むしろ、小さい体で逃げられる方が厄介だから、捕縛よりは包囲に人員を割きたいの」
「なるほど」
「・・・それに、反乱軍は皆、王女を憎んでいる。彼女を目の前にして、感情任せに逸る者がいないとも言い切れない」
「だから俺だけ?」
確かに、メイコと初めて会った時カイトは、王女に復讐したいのかどうか良く分からない、と言った。
「王女は公開処刑しなければ・・・。私情に駆られては困る」
カイトはメイコの背中を見つめながら進む。
「・・・謁見の間に、王女がいると?」
そこまで考えていて、二人の目指す場所に王女が居なかったら意味がない。
「昔父は王宮で先王と王女の護衛をしていたの。だから私、聞いてるの、秘密の逃げ口。その通路の出口がどこに繋がるかは知らないから、城を包囲するしかないけど、入り口は謁見の間、並んだ歴代の王たちの肖像画で、初代のものの後ろよ」
淀みなく言うメイコに、カイトはなるほど、と納得する。自分しか連れて行かないのは、先程の理由もあるし、またその隠し通路のことを他の誰かに知られたくないのだ。おそらく、王女を廃した後はこの城には新しい王が入る。誰も彼もに緊急の脱出経路を知られていては不都合だ。

メイコは未来を見据えている。

カイトは小さく笑った。だからといって、他国の貴族である自分には教えるなんて、軽率だとも思ったが。
(まあ、下っ端貴族の俺がこの情報をどうにかしよう、なんて出来る筈もないけどね)
そう自分で考えて、メイコにそう思われていたら若干悲しいな、とまた笑う。
「メイコは、王女がどんな子供か知ってるんだ」
「父が左遷される前の、ならね。だから・・・5年前、ね」
「当時9歳、か・・・」
カイトが低く呟くので、メイコは思わず振り向いた。
「大丈夫よ。育ち盛りの年頃とは言え、面立ちはそうそう変わらない。私、ちゃんと分かるわよ?」
「あ、いや、・・・そうじゃなくて・・・」
メイコが振り向くので、カイトは足を止めて、緻密な刺繍の絨毯に視線を落とす。
「9歳で大臣を左遷させるくらいだから、14歳で国一つくらい滅ぼしちゃうんだなあ、って」
俯くカイトを、メイコは睨むように見据えた。

「そうよ」

カイトが顔を上げる。廊下の窓から差し込む日差しは、暗雲越しの鈍い光。それでもメイコに差していた。

「20になれば、世界を滅ぼすかもしれないわね」

だから、とメイコは止めていた足を動かし始める。
「終わらせる」
カイトは黙って、その背中を追いかけた。



重々しい扉を開けようとしたメイコを制して、カイトは自分が押した。両開きの扉がゆっくりと開いて、足元に赤い赤い絨毯が見えた。カイトが視線を上げれば、その絨毯は広間を切るようにまっすぐと伸びている。その先に階段、壇上には豪奢な椅子。

その椅子の前に、細い影がひとつ、ぽつりと立っていた。

その頼りのない、小さな影はいっそ哀れだとさえ思えた。メイコとカイトは赤い絨毯の上を駆け、背を向けた影の佇む壇の階段下まで来ると、二人同時に剣を掲げる。
煌びやかで、一つだけで民百人を救えそうな飾りが散りばめられたドレス。綺麗に結い上げられた黄味の強い金色の髪。ドレスから伸びる腕は、幼さゆえに細かったが、それでもこの国のどの子供よりも健康的だった。

「我等が女王陛下、此度の幾万に及ぶ非礼無礼、伏してお詫び申し上げる」

メイコは腹の底から搾り出すような声で述べる。声に反応するように、メイコの剣の切っ先が煌いたのを合図に、細い影は振り向いた。

「その言葉、本当に伏して言ってみたら?」

口元を、柔らかな毛で彩られた扇子で覆いながら、空のように澄んだ瞳を、きつくきつく細めた。


「この、無礼者!!」


高らかに言い放たれた言葉とともに、口元に当てられていた扇子がパンッという音を立てて閉じられた。

「・・・・・・え・・・?」

扇子の澄んだ音に、小さくカイトの呟きが混じった。薄く化粧の乗ったその白い顔に、カイトは目を見開いて掲げていた剣を落とした。カイトが剣を落とすことによって少女が視線をそちらに移すと、その手からも扇子が滑り落ちた。

「君は・・・・」
「カイト、殿・・・!?」

子供らしい、高い声が動揺に揺れた。黄色い髪。幼い姿。愛らしい顔。かの国で出会った少女の姿とは、ずいぶん変わっているけれど、間違いない。

「リンちゃん・・・?なぜ・・・!?」
「カイト!リン女王陛下と知り合いだったの!?」

驚きが感染したかのように、混乱した声でメイコが叫んだ。
「リン、『女王陛下』?」
カイトが信じられないといった様相でメイコを振り返り、そして壇上で同じく驚いたように目を見開いている少女をもう一度見る。
「知り合いだったの!!?」
「・・・緑の国で・・・、侵攻する少し前のことだ。子供に混じって街で・・・。同じ名前だって、思ってたけど・・・まさか・・・」
「お忍びをしていたのね・・・」
メイコは壇上の少女に釘付けになっているカイトを呼び戻すため剣を拾い、もう一度握らせる。けれどもカイトは、再び壇上に剣を掲げることがどうしても出来ない。
すると、頭上から可憐な笑い声が降ってきた。

「もう一度お会いできて光栄だわ!こんな場面でもなければ、最高だったのに!」

カイトの耳に、手を繋いだ少女の無邪気な声が戻って来る。あの時カイトの手の中にあったのは、目の前にいる少女の手だったのに、今は剣を握りその少女に向けようとしている。
「君が・・・、緑の国を?」
震えた声で尋ねた。少女は豪奢なドレスを揺らしながら、階段を下りる。
「そうよ」
無邪気に、にっこりと。あの日のように。
可愛い子だと思った。可愛い子供だと。特別親しくなったわけではない。すぐに青の国に帰国して、それ以降カイトは思い出しもしていない。


けれどあの日、確かに手を繋いでいたのに。


「何で・・・っ!」
剣の切っ先は震えてしまって、持ち上がりそうにない。メイコが叱咤しようとした時、ふいに少女の笑みが消えた。


「みどりのおんなが、にくかったの」


軽い音を立てて、少女は階段の下、二人の前に降り立った。
見下ろす、その小ささ。

「みどりのおんながきえないと、こころがやすまらないのよ」

少女はコトリと、首を傾げながらそう言った。
「緑の女?・・・緑の国の女達のこと?」
メイコが眉をひそめれば、少女はその細い首を振った。そして、細めた目でカイトに視線を固定した。

「綺麗な、緑色の髪した女の人。貴方の愛したたった一人の人」

カイトが息を止めた。メイコも口を噤んだ。

「めざわりだったの。きれいなくにも、きれいなあのおんなも。だって、あたしがいちばんあなたのこと、すきなのに」

カイトが何かに押されるように一歩後ずさり、メイコまでが思わず剣を降ろした。

「君が、俺を好き・・・?」

まるで、ぽっかりと空いた空洞に、急速に型がはまっていくような感覚だった。

「君が俺を好きだったのに、俺がミクさんを愛していたから?―――――だから、緑の国を?」

少女はにっこりと笑った。作り物のような、綺麗な笑顔。
その瞬間、カイトの中で、ミクの笑顔や声が、手を繋いだぬくもりが、訃報を届に来た執事が、死んだように一人きりだった自室が、その全ての感情が底から溢れるように湧きあがって、そして、一気にどこかへ突き抜けてしまった。

カイトの腕から、力が抜ける。剣の切っ先が赤い絨毯を擦った。


「なんて・・・・愚かな・・・・」


片手で顔を覆ったカイトは、また一歩さがった。代わるようにメイコが一歩前へ出る。メイコを見上げる少女の表情は、もう何の感情も浮かんではいなかった。

「―――権を欲しい侭にし、悪政の限りを尽くし、民の血と涙も顧みず、優良な友である隣国を侵攻する、暴君に成り下がりし我等が女王陛下」

メイコの眉間に、深い深い皺が寄る。目の前の少女の瞳に、その皺はどう映っただろうか。

「貴女を、断頭台へお連れします」

メイコは膝をついて、頭を下げた。

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