ビヨンド・ザ・サンセット

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扉を開くと、綺麗に整えられた部屋だった。高そうな調度品。綺麗な絵画。天蓋つきの寝台。絨毯も細かな刺繍が散りばめられている。窓からはテラス、さらにその向こうに広場が見渡せた。豪華な部屋には違いないが、それでも王女の私室というには、少し質素かもしれないとメイコは思った。部屋は、反乱軍が攻め入ろうとしていたにも関わらず、退室する直前まで掃除でもしていたかのようにきれいに整っている。
窓の傍には白いテーブルと椅子。ここでお茶でも飲みながら、処刑を見ていたのだろうか。
「とんだデザートね」
塵一つないテーブルを撫でてから、メイコはベッドの傍にぽつんとある、丸い椅子に座る。背もたれもないこの質素な椅子は、けれど何故かこの部屋に溶け込んでいた。メイコが座るのと同時に、ノックがありすぐに副官が入ってきた。
「お疲れ様です、メイコ様」
「・・・うん」
確かに、ひどく疲れた。
「・・・カイトは?」
「カイト殿は、中庭の方に。少し一人になりたいと」
「そう・・・。カイトの恋人は、花が好きだったと言っていたわ。・・・・確か、中庭にはたくさん花が咲いていたはず」
今、カイトはどんな気持ちなのだろうか。ただ戦に巻き込まれて死んだと思われていた自分の恋人が、まさか何よりの標的だったとは思わなかっただろう。その相手が、たまたま知り合った少女で、その少女が悪の国の王女だとは、それこそ悪い夢のような話だ。
「女王陛下は?」
「牢の中で、静かにしています。何も話そうとはしません」
「こっちももう、何も聞くことはないわ」
メイコは溜め息をついて、項垂れる。
カイトを好きだったという王女。けれどカイトは緑の娘を愛していた。

たったそれだけの私怨で、緑の国も、メイコの部下の命も、消えてしまった。

あの時、カイトは目の前に降り立った王女を、斬ってしまうのではないかとメイコは思った。けれど実際は、カイトはただただ茫然とするだけだった。メイコも、思わず剣を降ろした。王女が、どれほどカイトを好いていたかなど、知らない。

けれどメイコもカイトも思ったのだ。

たった、それだけの理由か、と。

怒りなど簡単に通り過ぎて、ただ呆れてしまった。愚かすぎて、怒る気にもならない。この反乱を通して、彼女に、王女に、訴えたいことがあった。だからここまで来たのに。もう彼女と何かを話す気にもならない。
疲れたようにもう一度メイコが溜め息をつくと、それと同時に突然扉が激しく開いた。反射的にメイコも副官も、腰の剣に手を当てたが、入ってきたのはカイトだった。
メイコはノックもせず入ってきたことを咎めようとしたが、カイトの青い顔を見てやめた。
「カイト?」
「・・・・メイコ。俺をあの子に会わせてくれ」
カイトの顔は血の気が引いて、真っ青になっている。どこか焦っているように、視線が定まらない。
「どうしたの・・・、落ち着いて」
「いや、メイコこそ、落ち着いて聞いて欲しい」
宥めようと近付いてきたメイコの肩を、カイトは掴んでメイコと視線を合わせる。

「あの子は、牢にいるあの子は、・・・・王女じゃないかもしれない」




廊下に3つの足音が響く。メイコとカイトと副官の3人は、牢へ続く廊下を走っていた。
「・・・街で逢ったリンちゃ・・・王女は、とても無邪気な子供だった。俺が貴族の大人だと知っても、何ら態度が変わらなかった。あれは王女だからだって今なら分かる」
「・・・それで?」

「彼女は一度も、俺のことを『カイト殿』とは呼ばなかった」

「!!」
メイコが息を飲んだ。謁見の間に入り、王女が振り向いてカイトを見た時、驚いた顔で『カイト殿』と呼んでいた。
「けど、じゃああれは誰?私は確かにここ5年ほど王女とは会っていなかったけれど、あれは間違いなくリン女王陛下よ!」
「あの時は驚くばかりで、混乱して、まともに考えられなかったけど」
廊下の角を曲がる。牢はもうすぐだった。

「俺、あの顔で、俺のことを『カイト殿』と呼ぶ人を一人だけ知ってる」

カイトは立ち止まった。メイコと副官も立ち止まる。牢の入り口に着いた。見張りの衛兵が一人立っていて、3人に敬礼をする。メイコが人払いをするよう伝えると、不思議そうにしながらも、入り口の扉を開いて中にいる仲間にそう伝える。中からは見張りをしていた兵が4,5人ほどぞろぞろと出てくる。
「入り口の見張りは私がしよう。君も離れてくれるか?」
副官がそう言うと、入り口の見張りも仲間と一緒に離れていった。
その場にまた3人だけになる。

「王女には、同じ顔をした双子の少年がいた」

「!!?」
メイコと副官が目を瞠る。
「そんなこと・・・、聞いたことないわ!」
「けど、いたんだ!緑の国で、確かに。王女は連れだと言っていた。名前は確か・・・レン」
「レン・・・」
「あまり、というかほとんど彼とは話さなかった。けど、彼は俺のことをカイト殿と呼んでいたし、王女と瓜二つだった」
「けど、王女が双子だったなんて聞いたことないわ!だいたいこの国で、君主の後継者が双子だなんて、それだけで内乱の種に・・・、」
そこではっとしたようにメイコは口を噤んだ。カイトは黙って頷く。

「この国は確か、最初に生まれたものが相続権を得るんだよね?けど国の継承権なんていう大変なものを継ぐ子供が、同時に二人生まれたら?」
「確実に派閥が出来るわね」
「内乱に発展する確率が高い。それを防ぐには?」
副官が呆然として、答えを口にする。

「片方を、消す・・・」

メイコが何かを飲み込むようにぐっと押し黙り、カイトも唇を引き結んだ。
「・・・けれど出来なかったんだろう。実際に消されたのは生まれたという事実だけ。レンは確かに、王女の傍に居た」
「じゃあ、この牢の中にいるのが、そのレンという少年だっていうのね?」
「だいたい謁見の間に入った時、堂々と壇上に佇んでいるのはおかしい。だったらとっとと秘密の脱出口を使えばいいのに」
「そういえば・・・。あれは王女の逃げる時間を稼ぐ、影武者をしていたってこと?」
カイトが頷くと、3人は互いの顔を見合った。
「私は、先程言ったとおり誰も近付かないように、ここで見張りをしています」
立場を考えてか、副官はそれ以上話に分け入ってこようとはしなかった。メイコはカイトに視線だけで合図を送り、副官を残して牢へと入っていった。



木材の残りを繋ぎ合わせただけのような、硬い硬い寝台に、少女は背筋を伸ばして座っていた。いや、もう少女とは呼べないかもしれない。カイトとメイコは、鉄格子越しにその背筋の伸びた子供を見やる。二人の存在に気付いていないはずがないのに、子供はこちらを見ようとはしない。


「―――レン?」


小さく肩が揺れた。そしてゆっくりと格子の向こう側を見る。
「あら。それはあたしを見捨てて逃げた、召使いの名前だわ」
「・・・召使い」
メイコが呟く。
「姉は王女。貴方は召使い、だったの?」
「・・・・・」
「身体検査をすれば、すぐにばれるよ」
諭す、というよりは、ただ事実を述べただけのような、言い方だった。しかし子供の表情は変化しない。ただのっぺりと、感情のない表情が浮かんでいる。

「―――――俺の首を落としてください」

先程までとは違う、僅かに低い、少年の声だった。思わずメイコは身じろいだ。
「もちろん、そうなるわ」
今更、王女が居ないとは、言えない。
王女には人徳がない。ここまで国が崩壊した後も、彼女を擁護しようという者は現れないだろう。だとしたらもう、彼女は今や、ただの無力で無知な少女だ。

国民の不安を煽ってまで追う理由は、ない。

「『悪の娘』はもういないのだ、と国民に知らしめる必要があるわ」

メイコがそう伝えると、初めて子供の顔にわずかな安堵が過ぎった。
「それが、最初から俺の役目でした」
メイコの横で、カイトが眉尻を下げる。
「最初から。―――最初から、王女の身代わりになるために、王女の傍に居た?」
少女のように、薄く化粧の乗った少年の顔が、笑う。
「ええ。―――謁見の間で、『カイト殿』と呼んだ時、しまったと思いました。ここに入れられた後、冷静になった貴方には気付かれてしまうかも、とも思っていました」
「どうして、こんなことを?・・・・そんなにも、姉が大事だった?」
メイコが問う。思えば、先王も先王妃もいない。彼にとって家族と呼べる者は、かの王女ただ一人だったのではないか。

「・・・・わかりません」

わずかに伏し目になった小さな少年と、初見のカイトが重なった。
「わからない?」
「確かに王女は、俺のただ一人の血縁者で、とても大事な存在だったけれど、彼女をあまり姉とは思っていませんでした」
「どういうこと?」
「・・・王女は、俺にとって0でもあるし、1でもある」
怪訝そうにメイコは眉をひそめた。

牢の中の少年は、ただ黙って虚空を見つめている。

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