誕生日

□MEIKO誕生日
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俺はイライラと、兄さんの涼しげな顔を見上げていた。

「でも兄様・・・」
「しつこいよ、ルカ」

おずおずと抗議の声を上げたルカ姉にも兄さんは容赦なく言い放ち、ルカ姉は可哀想なくらいシュンとうなだれた。
パイプ椅子に座る兄さんを俺たち弟妹で取り囲んだ楽屋には、雪のように冷たく張りつめた空気が満ちていた。姉さんだけが、この場にいない。

「何度も言うけど、相手は俺たちにとってとても恩のある人なんだ」
「だからって、このようなことがこれからも起こるというのか!」
「そうだよ!ここで黙ってたら、悪化するばっかじゃん!」

兄さんの落ち着いた言葉に相反して、がくぽとリンが声を荒げた。しかし、兄さんはそんな二人に対してさえ、静かに視線を送る。

「こういうことは、この業界じゃよくあることなんだ。割り切れなければ辞めるしかない」
「お兄ちゃん!」

たまらず言葉を挟んだミク姉を、やはり兄さんはキッと見返すことで黙らせた。

「姉さんはきちんと割り切ってるんだ。俺たちがどうこう言える立場じゃない」

そして腕を組んだ兄さんは、もう言うことはないと言わんばかりに目を閉じた。
その実に大人らしい冷静さに、俺は腹立たしさがふつふつと湧いてくるのを感じていた。

「・・・じゃあ、」

そうして絞り出した俺の声は、ずいぶんと低かった。兄さんが閉じていた目を開けて、俺を見下ろす。

「じゃあ兄さんはこれからも、姉さんがあのプロデューサーにひどいセクハラを受けてても、黙ってろって言うんだな」

束の間ののち、兄さんは再び目を閉じた。

「そうだよ」

カッと、俺は目の前が真っ赤になった気がした。兄さんの涼しげな顔が、その澄ました姿が、ものすごくムカつく。

「お前のことなど、もう知らん・・・っ!」

がくぽが悔しげに拳を握りしめて、楽屋のドアを乱暴に開け放つと、足を踏み鳴らして出て行った。ルカ姉はおろおろと目を閉じて黙りこくる兄さんと、いまだ揺れるドアを交互に見やり、悲しげな表情を残してがくぽの後を追った。

それでも微動だにしない兄さんにムカムカムカムカとして、俺はとりあえず傍にあったテーブルに手を伸ばす。『レン!』と言う、悲鳴のようなリンの呼び止める声も無視して、テーブルの上の、最初に手に当たったものを引っ掴んで兄さんの顔面に投げつけた。

バサッという音を立てて、兄さんの膝の上に紙が散らばる。それを見て俺は初めて自分の投げたものが、今回の番組の台本だったと知った。

「兄さんの・・・・、ばーか!!」

まったくもって情けない捨て台詞を吐いて、俺も楽屋を飛び出し、有らん限りの力でその扉を閉めてやった。
破裂音のような音を立てて閉じられた扉は、そのあと軋んだような鳴き声を上げた。
顔を上げれば、がくぽとルカ姉が廊下にぽつんと立ち尽くしていて、目が合うと気まずい空気が流れて誰からともなく俺たちはまた目をそらした。
すると、楽屋の中の空気も同じだったのか、間もなくリンとミク姉もすごすごと中から出てきた。

誰も何も言えないなか、ミク姉の溜め息だけが冷たい廊下に響いた。

本当は、仕方ないって俺だって分かっているし、皆も知っているんだろう。

俺たちは、どうせ機械だから、と舐められる。訴え出たところで、法律で明確に守ってもらえる立場でもない。失うモノの方が多いんだ。

俺たちは、本当は知っている、兄さんだって悔しいんだ、って。
腕を組んだ兄さんの指が、服に深い皺を作っていたことを、おそらく皆見ていた。

けれど兄さんも姉さんも俺たちの中では真実大人で、人間のように物事の清濁を『理屈』と言う理性でくるんでいる。

ミク姉に続いて俺まで溜め息がこぼれそうになった時だった。


がくぽがした時と同じくらいのすごい勢いで楽屋のドアが開き、兄さんが飛び出してきた。


俺たちが驚きで呼び止めることすらできない内に、兄さんは俺たちに目もくれずどこかへ向かって廊下を猛進していった。

全員が唖然としていると、さらに驚いたことに楽屋から続いて姉さんが顔を出したのだ。
俺はすぐに、楽屋には衣装を着替えるための試着室が誂えてあったのを思い出した。

姉さんは俺たちが口論をしている場に、居たのだ。

「カイト!・・・もうっ!」

姉さんの声は、兄さんがいない廊下にむなしく響いた。
―――誰も彼も、飛び出してきた兄さんの背中を見送っていたから、位置的に『それ』を見たのは俺だけだろう、と思う。


姉さんの頬に残った、一筋の跡を見たのは。


顔を出した時にとっさに手で拭っていたから、今はもう姉さんの顔には何もないが。


廊下をすごい勢いで駆けて行った兄さんの向かった先がどこかは、よく分かった。

その背中を思い出すと、先ほどまでの腹立たしさは、消えてなくなっていた。



『男がどんな理屈を並べても、女の涙一滴にはかなわない。』
byボルテール



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このあと、この仕事は降板になってしまいましたが誰も文句は言いませんでした。

こちらよりお題をお借りしました→

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