レインボーデイズ


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それは、始まりの言葉だった。


ある日、家に大きなダンボール箱が届いた。送り主は父親で、伝票の名前を見た俺の眉間に皺が寄る。勝手に離婚して、俺から母さんを失わせたくせに更に自分は海外出張だ何だと、一人で住むには広すぎる家に、まだ中学生に上がったばかりの俺を置いている父親。嫌いではない。恨んでいるわけでもない。ただ、『父親』だと思うには足りない。
「中まで運びましょうか?」
宅急便のお兄さんが、俺を見て言った。俺はまだ13歳で、まだまだ小さい子供だと自覚している。俺は素直にお願いして、とりあえず一番近いリビングに運び入れてもらった。お兄さんにお礼を言いながら伝票に判を押し、見送ってから俺はリビングへと戻った。
「何だよコレ」
俺の腰辺りまである、立方体の大きなダンボール箱。その大きさに少しうんざりする。誕生日にもプレゼントを贈ってくるような真似したことないくせに、何でもない日にこんな荷物を送ってこられても、迷惑以外の何ものでもない。溜め息をつきながら、俺はガムテープを無造作に剥がして箱を開けた。



中には、俺よりもずっと年上の男が一人入っていた。



「・・・・っ!!!?」
俺は咄嗟には何の言葉も出ず、思わず腰を抜かして座り込んだ。


な ん だ い ま の 。


それから俺の頭の中はせわしなくグルグルと回転した。

何、あの男。誰!?え、まさか死体!!?まさか父さんが!!?
え!?これって、俺に死体の処理を任せたとか?それとも家に死体を隠しておけとか、そんなん!?え?え!?えええええええ!!?

「いや、落ち着け。そんなまさか、だ」

とりあえず、と俺は立ち上がって、恐る恐る再び箱の中を覗いた。
確かに、成人を越したくらいの男が入っている。死んでいるのか眠っているのか分からないが、とりあえず尋常な絵ではない。男は体育座りのような膝を立てた状態で箱に収まっていた。しかし、腕はだらりと投げ出されている。上体は箱の壁にもたれかかっていて頭はわずかに項垂れていた。まさに、意識のない人間をそのまま箱にいれました、といった感じだ。髪はクセのない黒髪で、白い上着とベージュのパンツをはいている、という見た目だけは普通な男だ。ゆるく伏せられた瞼を見て、睫毛長い、とか思いながら俺はふと気付いた。手を男の胸元に伸ばした。彼の胸と立てた膝の間に、メモのような紙が一枚落ちていた。拾い上げて、紙を見て、俺は目を瞠る。

学者である父さんの、神経質そうな細い字が並んでいた。

『「KAITO」と呼べ』

たった一言。意味が分からない。分からないからこそ、俺は呟いてしまった。

「KAITO?」

呼んだわけじゃない、読んだんだ。まさか父さんは、それを計算していたとは思わないけれど。

ヴン、という、何かコンピューターのスイッチが入るような音が、どこからかした。俺はパソコンのスイッチが入ったのかと思い、驚いて首を巡らせたが、自分の部屋にあるパソコンの起動音がリビングまで聞こえるはずがない。俺は首をかしげながら箱に目を戻し、そして今度こそ声を上げた。

「んなああああああっ!!?」

衝撃過ぎて言葉にならなかった。

箱の中の男の黒髪が、根元から徐々に海のような青に変わっていっているじゃないか!唖然として口をパクパクさせるしかない俺を無視して、今度はゆっくりと男が伏せていた瞼を上げていく。

「・・・っ!!・・・っ!!?」

生きていた、とかもはやそんなことは大きな問題ではなかった。ぱっちりと開いた男の目は、今や真っ青になった髪と同じ色をしていた。いや、青い目というのは言葉を失うほど珍しいものではないはずだが、髪色の変化を見た後では、何やら酷く特異なモノに思える。


そして次に起きたことは、俺の思考回路を完全に降参させた。


男は、ぱっちりと開いたはずの目を、またゆっくりと細めた。
それは、何よりの僥倖に巡り会えたかのような、至福の表情。

そしてその青い蒼い目から、一筋の涙がこぼれた。

彼は嬉しいのだ、と俺にも分かった。分かったのは、本当にそれだけ。


『KAITO』


それは、『彼』と俺の始まりの名前だった。

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