レインボーデイズ


□5
1ページ/1ページ


幸せで堪らない、という顔をしたKAITOは本当に輝いていたが、俺には半分アホ面に見えなくもなかった。



ことの始まりは、KAITOが言った俺の度肝を抜く一言だ。

「食べますよ」

俺は手に持った菜箸を思わず落とした。衝撃を受けている俺とは対照的に、KAITOはきょとんとしたまま菜箸を拾ってくれた。

学校から帰って、いつものようにKAITOに迎えられて、自分の夕飯を作っていたときだった。俺はKAITOも座るテーブルに料理を運んでいたのだが、俺が作った料理をKAITOがあまりにも凝視するから、冗談交じりに『食べたいのか?』と聞けば、KAITOは『おいしそうだったので』と照れたように答えた。俺はアンドロイドにそういう感覚が分かるのかと、『アンドロイドは料理なんか食べないだろ』と挑発するように言ってしまったら、何言ってるんですか、と言わんばかりに先ほどの一言を続けたのだ。

「食べる、って、・・・え?マジで?」
「まあ、本来必要ないんですけどね。機能のひとつとして付いてるんです」
「『食べる』が?」

俺は半分呆れた。『食べる』機能が付いているなら、『家事をする』機能も付いていて欲しいもんだ。

「ん?あれ?じゃあ、トイレもすんの?」

排泄するアンドロイドは・・・・、あまり想像したくない。

「いえ、食べた物は全部、体の中の機械で全てエネルギーになります。人間よりもエコなんですよ」

よく分からない自慢をされた。人間だったら排泄される物も全てエネルギーに変えられるから、エコだと言いたいのだろう。

「エネルギー?」
「はい。動力源、と言えば分かりますか?」
「動力源って・・・・、電気じゃないの?」
「電気です」

俺は首をかしげた。
「えと、つまり、俺は普段、充電で動いているんです」
「うん」
「一回満タンにすれば、状況にもよりますが3日くらいフルで動けます」
「へえ」
「でも充電し忘れたり、外に4日も5日もいなくちゃならなくったりしたら、俺は所謂過労死しちゃうんですよ」
ものの例えとわかっていても、俺は死という単語にどきりとした。
「そういう時に何か食べれば」
「あー、それを動力源変えられるのか」
はい、とKAITOが嬉しそうに頷いた。
「火力発電とか、風力発電とかあるじゃないですか。あんな感じです。食べたものがエネルギーになるんじゃなくて、食べたものが処理される時に生じる熱量が電気になるんです」
「・・・・・便利だな」
正直途中からよく分からなくなって、話し終わって満足そうなKAITOにそうとしか返せなかった。
「・・・つまり、ケータイの電池式充電器みたいなもんか?ボーカロイドにとっての食事摂取って」
言い得て妙なりだったのか、KAITOが顔をパッと輝かせて指を鳴らした。

「電池!!そうです、そんな感じなんですマスター!」

何が嬉しいのか、KAITOはテーブルの下で足をばたつかせていた。動き出した時から思っていたが、KAITOはどうも見た目よりも仕種が子供っぽい。一番最初に見たのが、彼の涙だったからだろうか。

「じゃあ、何か食べるか?」

食べられる、と聞いて何も食べさせないんじゃあ、何だかイジワルみたいだ。話の流れ的にも、そう聞かなきゃならない気がした。
「え」
KAITOの顔が輝いた。
「食べたらいけないものってあるのか?」
明日から食事は二人分かなーとか考えながら聞くと、顔を輝かせた割にKAITOは残念そうに首を振った。
「俺、家事もマトモに出来ないのに、ご飯をもらうわけには」
「あーうるさい!」
KAITOが目を丸くした。
「ウジウジ言うのはウザい。俺は好きじゃない」
あからさまに、『好きじゃない』と言った瞬間KAITOの体が強張った。

「俺が食っていいって言ってんの!お前はありがたく食えばいいの!」

俺が手を腰に当てて胸を反らして言うと、KAITOは遠慮がちに、それでも嬉しそうに微笑んだ。
「えと、基本的に人間が食べられるものと同じです。まだ何も食べたことがないので自分の好みはよく分かりませんけど、何を食べても同じ方法で処理されるので人間みたいに栄養に気をつける必要ありません」
あ、そうかと思う。
「食べたことないんじゃ、好みとか分かんないかー」
正直、食べ物の好みが分からないっていう感覚が、分からない。人間だったら物心つく頃には自分の好き嫌いははっきりしている。嫌いなものがないっていう人はいるけど、好きなものがないっていう人には会ったことがない。

「じゃあ、」

俺はテーブルを一通り見た。夕飯は俺ひとり分しか作ってない。KAITOに分けてやってもいいけど、ひとくちふたくちだけやるのも微妙。
そこで俺はおもむろに立ち上がった。KAITOは頭にクエッションマークを浮かべてそうな顔で、俺の動きを追っていた。俺は冷蔵庫を開けた。
「うーん、材料ばっかだな」
何か食べ物、と思ったが、パックの肉だとかにんじんやたまねぎと言った、材料がごろごろしている。我ながら冷凍食品や既製品のなさに感心してしまう。でも、今からまたもう一回料理するのもなあ。インスタントラーメンも置いてない。そこでふと手が止まった。

「?」

テーブルまで戻ってきた俺を、KAITOが不思議そうに見ている。
「マスター?」
「とりあえず、これ食べてみるか?」
俺は、手に持ったカップのアイスとスプーンをKAITOに差し出した。冷蔵庫の中には、即席で食べられるものがこれ以外になかったのだ。
「あとはもう、マヨネーズ吸うか、にんじん齧るか、氷頬張るか」
「アイス食べます」
俺が他に列挙する前に、KAITOは清々しくアイスを受け取った。そして少し緊張した面持ちでフタをあけて、スプーンを差し込む。掬って、口に運んだ。

結果は冒頭に戻る、というカンジだ。

「マスタ〜、これすっごくおいしいですよー!!」

うっとり、という表現が似合う様だった。
「よかったな」
喜んでもらえたなら何よりだ。多少過剰な表現でバカっぽく見えるのには目を瞑ろう、とも思えるもんだ。
「ありがとうございます、マスター!」
「そんなにおいしいなら、三食アイスにするか?」
もちろん、冗談だけど。俺なら吐き気を覚える。

「本当ですか!?ありがとうございます!!」

さっきまでしていた遠慮が嘘のようだ。

「え、っていうかマジで?」
三食アイスとか、気味悪いんだけど。でも幸せそうなKAITOが冗談を言うようにも思えない。
「腹壊すぞ・・・ってアンドロイドは壊したりしないか」
そう言うと、ふとKAITOはアイスを食べる手を止めた。
「量をたくさん食べ過ぎると、ダメですね」
「あ、そうなの?」
KAITOはアイスを一口食べて、また手を止めた。
「食物処理の負荷が大きすぎると、オーバーヒートします」
「なるほど。オーバーヒートするとどうなるの?」

スプーンを口にくわえたまま、KAITOはわずかに首を傾けた。

「オーバーヒートしたことがないので分かりません」

ですよね。
「じゃあ、食いすぎるなよ」
そう言い添えた。目の前で、幸せそうな顔をしているKAITOを見ると、バカ面であることなどどうでもよくなった。

でもとりあえず、三食アイスはないな、と思った。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ