レインボーデイズ


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朝起きると、俺の手をKAITOが握っていた。

「・・・KAITO?」

俺のベッドに寄り添うように正座をして、俺の手を握りながら俺を見ていた。
「おはようございます、マスター」
いつものように、KAITOはニッコリと笑った。いやいやいやいや。
「何、してるんだ?」
「マスターの手を握っています」
「あー、うん」

いやいやいやいや。

まるで意識のない重病人を看護しているようだ。
「何で、俺の手を握ってるんだ?」
問えば、KAITOからさっと笑顔が消えた。
「・・・・・」
明らかに、本当のことを言えずに良い言い訳を考えている顔だった。KAITOは嘘が苦手なことくらい、もう分かってる。
「・・・怖い夢でも見たのか?」
逆ならともかくどう考えても、中一の俺が成人くらいのKAITOに言うのはおかしいな、と思いつつ、KAITOならありえそうだと思った。ちなみに俺は最近、『アンドロイドなのに〜』と思うことは辞めた。なんだかKAITO、ボーカロイドにそれを言うのは不毛だと感じ出したのだ。だから、KAITOは夢を見ることもある、と思う。

「・・・マスターの、傍にいたいと思った、からです」

たどたどしく言った。嘘ではない、と俺は思った。だが俺の聞きたいことに答えてはいない、とも思った。

だが、これ以上は聞いてはいけない気がする。

KAITOが言いたがっていない。俺が聞いているのに逃げるような答え方をするのは、おそらく本当に嫌なのだろう。それを、無理やりは聞けない。

「ったく!」

ボーカロイドって繊細でめんどくさい!俺はそんなことを思いつつ悪態をついた。
「子供か、お前は!朝起きてお前がいたら、普通にびっくりだろ!」
KAITOは目を瞬かせた。

「今度からは、前もって言っておけ。俺だって部屋に入るなとか、言わないから」

誤魔化されておいてやろう。そう思って、何だか最近俺はKAITOを甘やかしてはいないだろうか、と心配にもなる。するとKAITOは少し驚いたような顔をしてから、申し訳なさそうに苦笑した。もしかしたら、誤魔化されてやったことに気付いたのかもしれない。そういう表情のKAITOは、本当に年相応の大人に見える。ひょっとしたら、アンドロイドに子供も大人もないのかもしれないが。

「ありがとうございます。これから、多分たびたび来ます」

KAITOの俺の手を握る力がわずかに強まって、その時まだ手を握られていることを思い出した。そろそろ離せ、と言う前に、そっとKAITOは手を離した。

「・・・しょうがないな!」

俺はKAITOから感じる違和感を振り払うように、ふんと鼻を鳴らした。
「俺、キッチンの準備してきます」
KAITOは最近、水や火に触れないかわりに、俺より先にキッチンに行って料理の道具をそろえたり、リビングやダイニングの整理をしたりしている。俺は気を使わなくてもいいのに、と言ったが聞かなかった。
KAITOは立ち上がると俺の部屋から出て行こうとしたが、ドアのところで一旦立ち止まったので、俺は首をかしげた。

「やっぱり、マスターは優しいです」

けれどその声は小さすぎて、俺には聞き取れなかった。独り言かもしれなかったし、俺が聞き返す前にKAITOは部屋を出て行った。



「あ、」
俺は昼休み、村田と昼ごはんを食べながら窓の外を見て思わず呟いた。
「雨だ」
朝から雲がぽつぽつあったのは知っていたが、予報よりも降り出しが早い。
「天気予報で言ってたけどなあ・・・」
KAITOに雨が降り出す前に洗濯物を取り込むよう頼んでおいたけど、間に合っただろうか。降り出したら、もうKAITOは外には出られないだろうから、もし手遅れだったら諦めるしかない。
「なんだ?傘でも忘れたのか?」
村田が弁当を頬張りながら尋ねてきた。
「いや・・・」
「分かった、洗濯物の心配でもしてるんだろ?」
言い当てられて、俺は苦笑いするしかない。
「あ、この曲俺好きなんだ」
ふいに流れてきた昼の放送に、いち早く村田は気付いた。
「これ、最近の曲じゃないよな?」
聞いていると懐かしい気分になる曲。俺も知っているが、歌詞はあまり意識したことがなかった。
「ああ、おふくろが好きでさ。俺が子供頃ずーっとラジオで聞いてんの。なんかもう、好きって言うか刷り込みに近いかも」
イントロが終わり、メロディパートが始まる。可愛いというより溌剌とした女の人の声が歌い始めた。
「サビがな、子供心にいいなあって思ってたよ」
「サビ」
俺は思い出そうとしたけど、流れているメロディに気を取られてどうしても思い出せない。このまま聞いていけば分かるだろう、とも思った。
しばらくしてサビが流れ始めた。
「・・・・」
要約すると、『貴方のことは忘れない』という、失恋しつつも前向きな女性の歌だった。
「・・・渋い子供だな」
コレを聞いて、いいなあと思う少年は、どうだろう。
「刷り込み刷り込み」
言い訳のように村田が笑う。そして次に「あ!」と声を上げる。
「そうだ、今日うちに来ないか!?」
「は?」
「おふくろが町内くじ引きで、高級牛肉を大量に当ててさ、お前の顔も見たいし焼肉に呼べって言われてたんだ」
「へえ、スゴイじゃないか」
俺は素直に羨ましいと思った。俺は父親の定期的な仕送りの中で自分でやりくりしている。別に毎月困っているわけじゃないが、節約してまずいことは何もない。
村田のおふくろさんは、村田の家に遊びに行った時に俺の身上を聞いて、いつかうちで夕飯を一緒に食べないかと言ってくれた。まあ、いつもの同情だとも思ったけれど、それが母性的なものからくるのだと思うと、なんだかうんざりすることも出来なかった。
「来るだろ?」
「え、うーん」
俺は家に親がいないから、こういう時気が楽だ。少なくともこの間までは。

今は家にKAITOがいる。

少し前に、『マスターがいない間は寂しい』と言っていたKAITO。もちろん、この先、家を空けない日が全くないなんてありえないと分かっているけど・・・。
「何だ、ダメなのか?」
とも言え、家にボーカロイドなるアンドロイドがいて、そいつが寂しがるから家を空けられないんだ、なんて言えない。

「遠慮すんなよ!」

眩しい笑顔で村田が言った。

「て言うか、うちの中ではもうすでにお前は来ることになっていて、おふくろ、朝から準備してんだ!」

村田の押しの強さは嫌いじゃない。俺は流されやすい受け身気質だから。だけど、空気と相手の心理を読まないところは、多分短所だ。




KAITOには、電話に出ないように言ってある。用があってかけてくる奴はだいたい、俺の在宅時間を知っている。昼間にかかってくるのはだいたい勧誘や宣伝だ。まあ、どちらにしろKAITOが出ても仕方がないものだろう。

だから、俺が家に電話をかけても誰も取ってはくれないのだ。

どうやって、今日のことをKAITOに知らせようか。一度家に帰る、と村田に申し出たが、村田は焼肉を楽しみにしているらしくすぐに来いと、これまた強い押しに俺は流されて、ウキウキしている村田と並んで歩いている。村田の家へ。

ごめん、KAITO

心の中で、そう思うしかなかった。

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