レインボーデイズ


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「マスター、マスター」
そのバカっぽい声に、俺はうんざりしつつも振り向いた。

「マスターは、俺と居て幸せなんですよねー?」

またそれか、と声と同じバカっぽい顔に溜め息が出た。

あの公園で、KAITOと話してから5日が経とうとしている。あの日以来、KAITOはやたら先程のようなことを聞いてくる。もう何度目か分からない。

感動した俺が、阿呆みたいじゃないか。

はっきり言って、ウザい。
でもそう言うと泣くので言えない。

「はいはい」

俺は溜め息交じりで答えると、嬉しそうにKAITOはヘニャリと笑った。
最近やっと気付いたのだが、KAITOは人間にしてみるとかなり『かっこいい』部類に入る顔立ちをしている。マスターとしての贔屓目もあるかもしれないが、テレビで観るどんな俳優にだって劣りはしない。まあ、そういう顔をバカみたいに崩して笑われると、こちらの気力も削げるというものだ。
ボーカロイドをあんなに美形にする必要はあるのか、とも思ったが、むしろ人間の手で作るのだから凡庸にする理由の方が少ないのかもしれない。誰だって、自分の子供にわざわざ不細工に産まれて欲しいとは思わないだろう。
そう思えば、KAITOのイケメン具合はひょっとしたら制作者の愛情なのかもしれない。

制作者

誰だろうか、と思わないでもない。気にならないと言えば、嘘だ。
KAITOは知らない、と。少なくともメモリーにはないと言っていた。

うーん、と悩んでいると、KAITOの呑気な鼻唄が聞こえてきた。一瞬その後頭部を張り倒したい気分になって、歌っているのがあの虹の歌で、するに出来なかった。

今度、CDでも買ってきちんとフルで教えてやろうと思った。なんて言ったって、歌っているのは俺が歌って聞かせた拙い音程なのだから。

「よし!」

俺は朝食を作り終わり、皿に盛ってテーブルについた。箸や調味料はすでにKAITOが用意してくれている。
「いただきます」
俺が手を合わせて、食べる様子をKAITOはにこにこしながら見ている。最初はKAITOの分まで作ってやろうかと言ったのだが、『朝ごはんはいらないのでアイス下さい』とかのたまいやがった。でもまあ、その半分は俺や家計の負担を考えてのことだって分かってるから、アイスくらい買ってやるけどね。

「マスター、学生服着てますけど、今日学校へ行くんですか?」

KAITOはふと食事をしている俺に尋ねてきた。
今日は日曜日だ。いつもどおりに起きてきた時点でKAITOは不思議そうな顔をしていたが、俺が学生服に着替えたことに今気付いたらしく、とうとう首をかしげた。
「ああ、うん。何か村田が練習試合だから、見に来いってうるさいから」
「ムラタ・・・さん?」
あれ、と思う。知らなかったっけ?
「クラスメート。友達なんだ」
ああそう言えば、KAITOに黙って村田んちに泊まった時も、村田のことは会話に出さなかったな。
「お友達ですか」
「そう、うちのグラウンドでサッカーの練習試合。あいつもうレギュラー入れたんだってさ」
一年の夏前にレギュラー入りできるなんて、相当のものだと思う。あいつはあまり人の話を聞かなくて協調性なさそうだけど、好きなことに関しては強いんだよな。
絶対B型だ。
「さっかー・・・、試合・・・、Jリーグ?」
どうやらテレビで得た情報と照合しているらしい。
「それはプロな。中学生がするのとは別だよ」
なるほど、と分かったのか分かってないのか知らないが、KAITOはとりあえず頷いた。

「ではマスター、出かけてしまうんですね」

せっかくの休日に、と明らかにショボンとしたKAITOに、もう溜め息を通り越して苦笑が出る。
マズイ。甘やかしすぎかもしれない。そう思ったけど、遅かった。

「お前も一緒に見に来るか?」

そう言ってしまった。そして、嬉しそうに笑ったKAITOの顔を見ればもう撤回なんて出来やしないんだから。



「マスターの学校初めて見ます!」
ウキウキとした足取りで歩くKAITOの横を、俺は半分ハラハラしながら歩く。KAITOは車道側を自分が歩くと言って聞かなかったが、その車道側を半ばスキップしながら歩いているものだから、こっちとしてはこのどこか抜けているボーカロイドがいつ車道に転がり落ちてしまうか不安でならない。
「おい、きちんと周りを見ながら歩けよ」
「はい!マスター」
返事だけいいのは子供の特徴だ。
と、そうこうしている内に学校へ着いた。校門の前で、俺はKAITOを振り返った。
「いいか?KAITO。俺の知り合いに会ったら?」
「俺はマスターの親戚のお兄さんです!!」
KAITOは敬礼のポーズを取った。また変なテレビを観たな・・・。
「違う!『夏生』!俺のことは、マスターって言っちゃだめだからな!」
「はい、マスター!」
返事だけ(ry
俺は溜め息をついて頭を振った。



グラウンドに行くと、まだまだ始まる前なのか両チームとも自軍ベンチに集合していたが、話し合いをしているような雰囲気でもなかった。各々でストレッチをしたり水分補給をしていたりする中で、俺は村田を見つけた。

「村田」

それほど大きな声で呼んだわけではなかったが、耳のいい村田は正確にこちらを振り向いた。
「おおー!来てくれたのか!」
「お前が来い来いって五月蝿かったんじゃないか」
すると村田はいたずらっ子のような子供っぽい笑みを浮かべた。
「へへー、ってあれ?」
そこで村田はやっと俺の背後に立つ背の高い人影に気付いた。
「誰、それ?知り合い?すげーイケメン」
「親戚」
俺が一言で言って振り返ると、KAITOは一つ頷いた。
「カイトです。いつも夏生がお世話になっております」
そう言って頭を下げた。一般常識やマナーはインプットされているらしく、KAITOが初対面の人相手に失敗したことはない。買い物に連れて行った先でも、店員と軽い会話ならこなしていた。
「ふーん、親戚が何でお前と一緒にいるんだ?」
「就職の関係で今こっちに来てて、うちの部屋を貸してるんだ」
へー、と村田はさほど興味なさげに相槌を打ったが、KAITOを見るとニカっと笑った。

「一緒に応援に来てくれたんスね。ありがとうございます!!」

サッカー少年らしい、爽やかな挨拶を飛ばした。
「よし!今日はカイトさんもいることだし、俺はりきっちゃおうかな!」
すると通りすがりのチームメイトに、『いつもはりきれよ』と頭をはたかれていた。俺とKAITOが笑い、村田がむくれていると監督から集合の合図が掛かる。じゃあ、と手を振った村田を見送って、試合が始まるのを俺たちは待つことになった。

「元気な方ですね」
KAITOが言った。
「いつも五月蝿いんだ」
俺は苦笑する。『でも』と言いさして、その言葉はKAITOとかぶる。
「いい奴なんだ」
「いい人そうです」
俺とKAITOはきょとんと顔を見合わせて、そして笑った。

「あ!始まったみたいですよ!」

KAITOがグラウンドを指差して言った。俺が釣られるように視線を移すと、ちょうど開始の笛が鳴った。
白と黒のボールを追いかけて、たくさんの男子が走り回る。村田が、教室では見せない顔をしている。

サッカーの応援なんて面倒くさいと思っていたけれど、俺は観ていて白熱した。
KAITOも、ルールは良く分かっていなかったみたいだが、ファインプレーのたびに手を叩いていた。



「サッカー、面白いですね!テレビのスポーツニュースでしか観たことありませんでしたから」
興奮した面持ちで話すKAITOは、学校へ行く時よりも浮き足立っていた。ヒーローショーでも見た後の子供みたいだ。
「村田さんもかっこよかったですね!ナイスパスでした!」
そう言ってKAITOは村田の真似をして、空を蹴った。
「う・・・わわ・・・っ!」
「え、おい!」
俺が声をかけたが遅かった。空を蹴ったKAITOは、バランスを崩してそのまま尻餅をつく。
「なんてお約束な・・・」
俺は溜め息をつく。
「うう〜、痛いです〜、マスター」
情けない声にまた溜め息が出そうになる。
「アンドロイドとは言え、男だろ!自分で立て!!」

こんな見た目成人の男に向かって言っている自分が情けなくなってくる。

「うう〜」
めそめそ言いながらも、KAITOは立ちあがる。俺はKAITOのお尻のところについた汚れをはたいてやる。
「しっかりしろよー。他の人が見たら、変に思うだろー」
「すいません・・・」
しょんぼりするKAITOに、何故だかこっちが悪い気がしてきてしまう。・・・いや、そんなことはない。最近甘やかしすぎだ。

KAITOは当初会った頃からバカっぽかったが、今とは微妙に違うと思う。おそらく人間と同じで、人と付き合っていく内に自我とか個性とかが出て来るのだろう。

だとしたら、甘やかしていたらどんどん情けなくなるかもしれない。

この際、KAITOの見かけなど気にせず、きちんと教育してやるつもりで付き合っていこう。

KAITOが気付かないうちに、俺はそう心に決めた。
「帰るぞ」
俺が声をかけると、泣きそうだったKAITOもぱっと明るく笑う。俺は、『甘やかしちゃダメだー、ほだされるなー』と念仏のように心の中で唱えながら、帰路についた。


だから気付かなかった。

俺たちを見ている人影が在ったことに。

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