レインボーデイズ


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別れは突然やってくる。
俺はそれを、痛いほど知っていた。



いつもと変わらない朝だった。俺の起床をKAITOが相変わらず嬉しそうに迎えて、俺はいつものように自分の朝食を作った。KAITOに見送られて、帰宅はいつもどおりの時間だと伝えた。

いつもどおり。でも、予感があったのかもしれない。

家を出る直前、俺はふと思いついてKAITOに声をかけた。

「お前、電話使えなかったよな?」

使えないというよりは、KAITOが出ても分からないだろうから最初から出るなと言ってあるのだ。昼間に掛かってくる勧誘の電話なんか、下手にKAITOが出て人手がこの家にあると思われても困る。
KAITOはこくりと頷いた。

「じゃあ、もし何か困ったことがあれば、学校に来い。この間行ったから場所覚えてるよな?駐車場の方にある出入口に用務員さんいるから、その人に言えば職員室から俺を呼び出せる」
「わかりました」
俺が突然そう言ったにも関わらず、KAITOは不思議に思った様子もなく頷いた。




「つまりこの間に入ったwhoは関係代名詞であって・・・」
俺はあくびを噛み殺した。寝不足なわけではないが、この英語教師の声は眠くなることで有名だった。声からアルファ波が出ているんじゃないか、とどっかのテレビ番組で取り上げて欲しいくらいだ。ああ、でもKAITOの声も聞いていると何だか眠くなるなあ。そんなことを考えていたら、隣の席の男子が肩をシャーペンでつついてきた。俺はそっちに体を傾けて耳を寄せた。
「相変わらず、ねみーな。どうなってんの、あの声」
ひそめた声に、俺も心の底から同意した。
「科学的根拠があったら聞きたいくらいだ」
俺も声をひそめて返して、二人で笑うのを堪えた。

「何してる!」

その声に、俺もクラスメートも飛び上がった。ヒソヒソ話をして、尚且つ笑いを噛み殺していたのだ。悪口を言っていると気取られても仕方ない。俺とクラスメートは怒られるのを覚悟して、英語教師のほうを向いた。
(あれ?)
多分、クラスメートも同じように思っただろう。てっきり俺たちに向けられたのだと思っていた怒号は、窓辺の生徒たちに向かっていた。ちなみに俺は教室の真ん中くらいの席だ。

「授業中だぞ!窓の外ばかり見ているんじゃない!」

窓辺の列と、その隣の列くらいまでの生徒たちが窓辺に寄って外を見ていた。
それは、怒られるだろう。

「グラウンドに人がいたので・・・」

誰かが言い訳するように言った。
「人くらい、いるだろう!」
英語教師は至極まっとうなことを言った。
「いえ、変わった人だったから」
またそう誰かが言うと、英語教師も口をつむぐ。

ひょっとして変質者か?という空気が流れる。

「暑いのに、変わったコート着てます。マフラーもしてるし、露出狂かも・・・」

もう六月も終わろうとしている。コートだのマフラーだのは季節はずれすぎる。現にこのクラスだってみんな夏服だ。
しかし俺は、一瞬嫌な予感が頭をよぎる。
まさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさかまさか・・・・

まさかね!!

学校へ来いっていうのは今朝言ったばっかりなのに。
たまらなくなって俺も窓辺に寄る。今やクラスメートのほとんど、教師までもが窓辺に張り付いていて、もう誰も咎める者はいない。俺は人の隙間から窓の外を見た。

この学校は校門から入ると、駐車場に回るために舗装された道があるが、その向こうにはすぐグラウンドがある。そしてその向こうがこの校舎だ。つまり校舎からはグラウンドと校門が見渡せる。その広い広いグラウンド。ちょうど体育の授業はなかったみたいだ。だからだろう。


グラウンドの中心でおろおろと挙動不審のKAITOは激しく目立っていた。


髪はちゃんと黒にしているようだが、よりにもよってあの初期装備だ。そう言えば朝も着ていたな、なんでこの暑い日にあのコートとマフラーを着用するんだ、出かけるなら着替えろって言っただろ。言いたいことがありすぎて追いつかない。

「え?あれってカイトさんじゃ・・・」

隣に立った村田の声を無視して、俺は教室を飛び出した。皆窓にかじりついていて、俺のことには村田以外誰も気付かなかった。



俺はダッシュで階段を駆け下りていた。この校舎は一階に職員室や用具室が入っていて、二、三、四と階数が上になるごとに入る学年も上がる。つまり一年生の俺は二階だった。

まずい。あれだと他のクラスや学年、ヘタしたら職員室からだって見えてる。先生たちが出て来るだけならまだしも、警察なんて呼ばれたらシャレにならん!
しかしKAITOのあの格好と挙動不審さでは呼ばれても仕方ないのだ。

俺は階段を降りきると、下足箱の方ではなく渡り廊下へ向かう。下足箱のある正面出入口はグラウンド、つまりKAITOへ一番近いが、そんなところから出れば全員から見られてしまう。俺は渡り廊下から外へ出て駐車場を迂回する。そうすれば校舎からは死角の、グラウンドの隅へと行ける。

俺は駐車場へ出て、グラウンドの隅にある野球用ネットの傍に立つ。遠くにKAITOが相変わらずウロウロしているのが見えた。俺は少し大きめの声でKAITOの名前を呼び手を振った。この距離、普通の人間相手なら聞こえないし、こちらに気付かないかもしれない。しかしKAITOは人間より五感がいいらしいし、自分で言うのもなんだが、おそらくマスター相手なら格別だろう。
案の定、ぴくりと反応するとアワアワしていた動作が止まり、明確に何かを探すようにキョロキョロとし始めた。そしてすぐに俺に気付く。俺からは表情は良く見えないが、ぱあっと輝いたのは分かった。

「ますた〜〜!!」

「・・・・・・・・・」
いつもの情けない声が遠めに聞こえて、俺はめまいを感じた。




「マスター!あのっ!あのぉ〜っ!」
俺のところへ着いた途端、言い訳をしようとするKAITOを制して、俺は彼の手を引いて走った。駐車場を横切って、裏門へ向かう。そこなら閉まっているが、俺やKAITOなら飛び越えて外へ出ることも出来るはず。とりあえず、KAITOを学校から出してしまおうと思った。しかし手を引かれていたKAITOは、俺の思惑に気付いたのか『ちょっと待ってください!!』と言ってブレーキをかけた。

「なんだ!!」

俺がすごい剣幕で振り向いたためか、一瞬KAITOはびくりとした様子を見せたが、怯むことはなかった。
そして俺と同じくらい焦った面持ちで首を振った。

「外はだめです!!」
「何で!?」

KAITOは更に首を振る。俺はその顔をイライラと見上げた。今にも先生たちが追いかけてくる気がした。

「ご迷惑かけてすいません、マスター」

焦っているためか、まくし立てるようにKAITOは言う。

「でも、学校に来る以外に思いつかなくて」

アンドロイドだからだろうか、俺とは違って息は全く荒れておらずスラスラといい続ける。
「何だって来たんだ!?何があったんだよ!」
KAITOが踏ん張っているのでこれ以上前へ進めない。それ以上に、KAITOの様子がおかしい。血は通っていないはずなのに、KAITOの顔は青ざめているように見えた。

「家に、変な人が来て・・・」
「・・・は!?」

繋いだKAITOの手が震えている。

「マスターには居留守を使えって言われてたんですけど、あんまりにもしつこくチャイムを鳴らすので・・・」
「出たのか?」

KAITOは頷いた。

「マスターの見よう見まねで、インターホン越しに。そうしたら、向こうはマスターだと思ったらしくて、『お宅のボーカロイドを回収しに来ました』って・・・」

その瞬間、俺の体も震えた。
「なんだって!!?」
思わず叫んだ。そのせいだけではなく、KAITOの震えが強くなる。
「回収・・・!?」
「俺、怖くなって窓から庭に出て、塀をよじ登って逃げたんです。でも見つかって」
「・・・まさか、追いかけられたのか」
KAITOは今にも倒れそうな顔で頷いた。そうして学校に逃げ込んだのか。髪を黒にしただけ、偉かったのかもしれない。
「外に、いる?」
「おそらく・・・」
「それにしても回収って・・・」
そんなモノみたいに・・・、という言葉はKAITOの手前口に出さなかったが。ふいに、KAITOの俺の手を握る力が強くなった。

「マスター、俺・・・」

不安げに瞳の青が揺れた。

「・・・・お別れですか?」




別れは突然やってくる。
俺はそれを、いつだって痛感するばかりだ。

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