レインボーデイズ


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「馬鹿なこと、言うな!!」
俺は思わず叫んだ。そうしないと、不安がまとわりつく。

「お別れなんて、そんなことあるわけないだろ!!」

ついこの間、一緒にいると言っていたのに。
「お前が・・・、そんなこと言うな・・・」
俺がうつむけば、上から『すいません』と沈んだ声が降って来た。

「―――とにかく、どっちにしろ家には帰らないといけないんだから、学校から出ないわけにはいかない。俺が、外に出るだけ出てみよう」

見上げれば、不安そうな青い目とかち合う。俺は何とか笑ってみせる。そうしてまたKAITOの手を引いた。今度は、きちんと付いて来る。

「ちょっと、ここで待ってろ」

俺は裏門の2,3メートル手前にKAITOを立たせて、裏門から外を見た。裏門は常に閉まっていて、そこから見える景色には限度があった。歩道と、二車線の車道、その向こうに住宅が並んでいる。平日の昼間らしく、人通りは少ない。

誰もいない、か?

「ほっ!」

俺は裏門を、反動をつけてよじ登った。足をかけて、門を跨ぐとまた反動をつけて飛び降りる。そして外の歩道へと着地した。

門の向こう側の校内に、所在無さげにポツンと立つKAITOが見えた。

なるべく早く戻ってやろうと、周りを見渡そうとした時だった。

「君、」

声をかけられ、肩をつかまれた。
驚いて振り向けば、大人の男が三人立っていた。全員俺よりは背が高いので、三人に傍に立たれると威圧感がある。
「は、い?」
俺は少し身を引いて答える。男の内、二人はスーツだった。そしてそれにお似合いのスーツケースを手に持っている。しかし残りの一人はポロシャツにジーンズ、そして手ぶらという、明らかな私服だった。変わった三人組。
まさか、と思う。

「この辺りで白いコートに青いマフラーをした、背の高い男を見なかったか?」

一瞬、言葉が喉で凍りついた気がした。しかし根性を総動員して、平静を装う。

「いえ?・・・変わった人、ですね」

いつもと声が違ってしまったが、相手は初対面だ。そんな違い、分かりはしないだろう。
「そうか。時間を取ってすまなかったね。・・・学校はあまりさぼっちゃだめだよ」
まっとうなことを言われて、俺は苦笑いをした。どうやらKAITOは気付いたらしく、すぐに門の外から見えない死角に移動していた。
男たちは疑いもせずに、俺に背を向ける。俺は、内心大きく溜め息をついた。その時、

「ん?」

私服の男が立ち止まる。いきなりくるりと振り返ったので、表情を作る暇がなく、引きつってしまった。

「君、どっかで見たような・・・」

俺は眉を顰めた。相手の男の言っていることがよく分からず、睨むような形になる。
私服の男は、40はもう越えたぐらいの一言で言えば『おっさん』だった。見覚えは、ない。

「あ!」

何かひらめいたのか、男は手をついた。そしてずかずかと早足で歩み寄ってきた。俺は思わず逃げるように身を引いたが、そうはさせないとばかりに腕をつかまれる。
出そうになった悲鳴は、驚きのあまり出てこなかった。

「嘘はいけない」

そう言ってぐっと顔を近づけられる。その言葉に、俺は思考が停止した。何か言い返さなければいけないのは分かっているのに、何の言葉も浮かばない。ふっと匂ったタバコが、さらに思考を霞ませた。


「君はKAITOのマスターだ」


どくん、と心臓が大きく跳ねた。沸騰するように血が体を巡って、呼吸が難しいくらいに脈が速くなる。
どうしようどうしようどうしよう、とぐるぐる混乱する頭の端っこで、どこか冷静で客観的に見ている自分がいる。

ああ、彼らはKAITOを作った側の人間だ、と。

KAITOを生み出し、俺に送りつけ、そして回収しに来たのだ。

「KAITOはどこですか?君にも話があるんです」

男がそう言って、俺の腕を引いた瞬間、俺たちの横に高い影が降りてきた。


「マスターから手を離してください!!」


「っ!KAITO!?」
そう言って、KAITOは無理やり男の手を俺の腕から引っぺがした。そして俺と男の間に立つ。俺は驚いたが、目の前の、男三人組の方が驚いた顔をしていた。

「―――――KAITO・・・」

三人のうち、誰ともなくその名前を呟いた。そして一歩前に出ている私服の男が、KAITOを見て目を細めた。笑っているようにも、眩んだようにも見える。

「何なんですか、貴方達!マスターにひどいことをしないで下さい!」

KAITOは男たちの様子に気付かないのか、震えながらも声を張った。すると男たちは、驚いた様子からふいに冷静な態度に戻った。そして宥めるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。

「決して、お前のマスターを傷付けるようなことはしない。約束する」

その言葉を信じたのか、ふっとKAITOの背中から力が抜けたのが分かった。俺は、これ以上はKAITOには無理だと判断し、止めようとするKAITOの手を制して、そっと背後から出てきて隣に並んだ。

「マスターの夏生君は気付いているかもしれないが、KAITOを作ったのは我々だ」

感情の感じられない、ただ本当に事実を述べるだけだと言うような平坦な声で言った。KAITOが口をぽかんと開けたのが横目で見えた。

「こんなところでは話せない。危害は加えないと誓うから、どうか君の家で話させてくれないか」

KAITOが怪訝そうに眉を顰め、何かを言い返そうとした。
「分かりました」
自分で思うよりもはっきりとした声が出て、信じられないといった表情のKAITOと、考えていることの読めない表情の男たち全員の視線が俺に集まった。
「マ、マスター?」
「こんな所でお前のことをペラペラ話されても困るのは本当だ。お前だって完璧不審者だから、あまり学校の近くに長居させたくない。・・・・帰ろう、KAITO」
なによりもまず、自分が原因になってしまっていることを察したのか、KAITOはしばらくして『はい』と答えた。
「マスター、荷物は?」
手ぶらの俺に、KAITOが尋ねる。俺は『あ、』と何もない自分の手を見た。
「取ってきますか?」
スーツの一人が聞いてきた。俺は首を振る。
「今戻ったら、授業に出なきゃならなくなる。俺のことは、たぶん村田が何かしらフォローしてくれているだろ」
村田は頭は良くないが、野生の勘がある。俺の事情も知らないなりに、何か特別なことがあるんだと察してくれているに違いない。

俺がそう言うと、誰とはなしに歩き出した。
全員目的地の場所を知っているにもかかわらず、俺の家に行くからからなのか、自然と俺が先行する形になった。俺とKAITOが並んで歩き、その後ろをスーツケースを持ったスーツ姿の男二人と、ラフな格好の男一人が付いて来る。しかもKAITOは手に脱いだコートとマフラーを持っている。俺は制服だけど手ぶら。

職質されても文句は言えまい。

その上全員が全員無言なものだから、いやに威圧感のある集団だと思う。
俺はその中にいることに、今日何度目か分からない溜め息が出た。

今日ほど帰路が長いと思ったことはない。

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