レインボーデイズ


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家に何とか無事帰り着いた。すれ違う人たちの視線が若干白かったが、もうどうでもいい。俺もKAITOも三人組も、リビングに直行した。

俺はお茶を出そうか迷った末に、結局出した。三人から気のない謝辞をもらう。
いつも俺たちがテレビを見ている時に使っているソファに、全員が座った。足の短いテーブルを挟んで、三人掛けのソファが向かい合っているのでちょうどいい。いつもは俺とKAITOが一人一つずつ使っているのだが。俺とKAITOの正面に、男が三人ソファに座っているのは何だかむさくるしいながらも新鮮な絵だった。

「それで、話って何ですか?」
俺は切り出した。髪を青に戻し、隣に座ったKAITOが緊張しているのがよく分かる。

こうやって緊張しているのが、KAITOが来た当初なら『アンドロイドのくせに』とか『アンドロイドなのに』とか思ったのだが、今では『KAITOらしい』とさえ思う。

「最初に言った通り、KAITOを回収しに来ました。この一ヶ月、本当にありがとうございました」

俺はKAITOから聞いていたし、この男たちがKAITOを造ったことも気付いていたから、今そう言われてもまあ冷静でいられた。

「その、『回収』の意味が分からないんですけど」

俺はなるべく、気圧されないよう背筋を伸ばした。中学生の俺が、大の大人と同等に渡っていけるか不安でならない。

「それについての説明が全くなかったこと、今回の突然の訪問、これらに関しては深くお詫びしたいと思っています。しかし研究においてそういう方針であったため、我々としても今日まで何も言えませんでした。また今回のことは、実は事前に貴方のお父様からは許可を頂いております」
「父さんから!?」
「はい」
「・・・そういうことも、今から説明してくれると?」
「もちろんです」

俺は逸る気持ちを押さえて、とりあえず二人の話を聞くことにする。喋るのはスーツの二人ばかりだった。私服のおっさんは一言も喋らずに、視線をKAITOに固定している。

「外で言ったように、KAITOは我々が開発いたしました。いえ、我々というよりは、こちらの栗山博士です」

スーツが示したのは、じっとKAITOを見ているおっさんだった。俺は頭のどこかで、『やっぱり』と言う自分の声を聞いた気がした。栗山博士と呼ばれたおっさんは、紹介されたにもかかわらず、何の反応も示さなかった。

「ボーカロイドの開発については、我々は極秘に行ってきました。世間やメディアはもちろん、同じ業界の間でもボーカロイドについて知っている者は我々の機関の者以外におりません」
俺は、KAITOがそこまで極秘扱いされていたことに驚いた。
「なんで・・・」
ボーカロイドなんて、こんな感情を持ったアンドロイドなんて、学会とかに発表したらすごいことになるんじゃないのだろうか。多くの名誉が貰えるんじゃないのか。
「ボーカロイドを使った別のプロジェクトがあるのです。開発自体は、前段階。本番はこれからなんです―――――しかし本番の前には何事も試運転などをして、確認やデータ収集が必要なんです」

妙な間のあとに続いた言葉が、いやに印象に残る。まさか、と思った。


「貴方にはこの一ヶ月、ボーカロイドが正常に機能するかどうかのモニターとなっていただいたのです。感情を持つボーカロイド。そのマスターが一ヶ月限定のモニターであることを認識していては通常のコミュニケーションが出来ないため、全て伏せさせていただきました」


そう言って、スーツの二人は深く頭を下げた。
「お掛けしたご迷惑を平に陳謝すると共に、深く感謝いたします」
その言葉が、いやに遠く聞こえた。

一ヶ月限定?
モニター?

震えそうになる唇を、俺は噛んだ。
そんな俺に構わず、スーツは話を続ける。
「迷惑を掛けたお詫びと感謝のしるし、そしてKAITOの引き受け料です」
そう言うと、ずっと持っていたスーツケースをテーブルの上に置いた。そしてそれをぱかっと開ける。

「!!!」

俺は息を飲んだ。

大きな大きなスーツケースの中には、ぎっしりと諭吉が詰まっていた。

初めて見る量の札束に、俺は言葉を失う。金の価値が分からないのか、それとも彼にとって金など意味のないものなのか、KAITOは大量の札束を前にきょとんとしている。KAITOには金が生活をする上で必要不可欠なもので、無駄にしていいものではないとは教えたが、多ければいい、とは教えなかったからかもしれない。

「これでKAITOから、手を引いてください」

つまりはそれが言いたいんだな。札束にきょとんとしていたKAITOも、その言葉には反応した。青い顔で、さっと俺を見る。

「ああ、ちなみに」

スーツの男が笑う。


「他のマスターの方からも、きちんと回収させていただきました」


俺とKAITOはがばっと、男たちを振り仰いだ。
今、何て?
『他の』・・・?

「ほ、他にもKAITOが・・・?」

俺のような、『マスター』が・・・いた?

「ああ、『KAITO』ではありません。他にも数種類いるんです、ボーカロイドは」
「同じボーカロイドで、同じ時期に開発されたので、言ってしまえば兄弟姉妹のようなものですね」
スーツの男たちは交互に話す。『兄弟姉妹』と聞いて、KAITOの目が揺れた。喜んでいるようにも思えるし、困惑しているようにも思えた。おそらく、両方がない交ぜになっているのだろう。
「・・・その人たちも、マスターとして一ヶ月、ボーカロイドと暮らしたんですか?」
「そうです」

一ヶ月。
長いようで短い、KAITOとの日々。
今まで一番、心が動いた一ヶ月だったように思う。
それなのに。

「それなのに、その人たちは自分のボーカロイドを手放したんですか!?」

スーツの二人が一瞬身を竦めた。栗山博士の視線が、初めて俺に向いた。
「え、ええ」
若干焦ったように、スーツの内ポケットから写真を数枚取り出した。スーツケースを一旦閉じると、その上に写真を並べた。

「な・・・っ!?」

俺は言葉を失い、すぐにKAITOを振り返った。俺と同じように写真を覗き込んだKAITOの表情が、凍り付いていた。

「あ・・・、あ・・・」

KAITOの口から言葉にならないうわ言がもれて、俺は思わずKAITOの目を覆い、ソファに深く座らせた。背もたれに寄りかかった瞬間、蚊の鳴くような細い声で『ひどい』と呟いた。たしかに、ひどい。

写真に写っていたのは、首と胴体が切り離された人の、いやおそらく『他』のボーカロイドたちの写真だった。KAITOのような成人っぽいボーカロイドも、子供のボーカロイドもいた。KAITOの青い髪が普通に思えるくらい、鮮やかなエメラルドグリーンの髪色をしていたりした。切り離された首にも胴体にも、いくつものコードが繋がっている。これが、彼らの言うデータ収集なのだろうか。

「こんな・・・、こんなことしたら、もう二度と動けないじゃないか・・・」
こんな体と首が切り離されて、コードだらけで、とても元の状態に戻るとは思えない。そう言うと、男たちはきょとんとした。

「それは、データ収集が終われば廃棄ですから」

「そんな・・・っ!」
「今回開発したこのKAITO含めたボーカロイド5体は、データ収集のための、いわゆる試作品なんです。データを取ったら廃棄して、そのデータをもとに改良型を開発します」
俺は淡々と言うスーツに、一瞬血が沸騰したように思った。

「ふ、」

ふざけるな、と言おうとした。しかしその前に、視界の端に背の高い影が動いたのが見えた。

「どうして、そんな・・・っ」

悲鳴のような声がリビングに響いた。

「ひどい、ひどいひどいひどい・・・・っ!!たった一人のマスターから離されて、その上もう歌も歌えないなんて!!そんなの・・・っ」

まだ何か言おうとしていたのに、溢れた涙にKAITOの言葉は続かなかった。写真の彼らを悼んでいるのか、それとも自分と重ねているのか。俺が『ひどい』と言うよりもずっと、KAITOの言葉の方が重かった。

だがとにかく、俺の答えは決まった。いや、もうずっと決まっていた。

泣くKAITOを宥めるように彼の背を軽く叩くと、驚いたような困惑した表情を浮かべている男たちを見据えた。

「このお金を持って、どうぞお帰りください」

脳裏を過ぎったのは、KAITOの言葉。

『マスターが俺のマスターで、良かった』

KAITOがそう信じ続けていてくれる限り、俺は俺のボーカロイドを、決して手放したりはしない。

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