レインボーデイズ


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「マスター、もう充分じゃないですか?」
KAITOが若干疲れた顔で言った。ずっと皿を運ばせていたのだから、手が痛いのかもしれない。
「う〜ん、でも俺たち含めて9人だぞ?いつも自分の分しか作ったことないから、どれくらい料理作ればいいのか分かんないんだよなー」
足りなくなったら困るし。
俺はKAITOが来る前も来た後も、キッチンのすぐ近くにあるテーブルで椅子に座って食事をしている。リビングとキッチンはつながっているから、俺が食事中の時KAITOはソファでテレビを観ていることもあるが、だいたい同じテーブルに座っている。そのテーブルは2〜3人座るのが限界だろうから、テレビの前の足が短い方のテーブルに料理を運ばせていたのだが、どうにも9人分の料理はそのテーブルでも苦しいようだ。
元より、そのテーブルと一緒に配置してあるソファもこの間栗山博士たちが座ったように三人×2つだから6人しか座れない。
俺とKAITOは家主だから立つとしても、あと一人はどうしよう。

もうすぐ彼らが来てしまうのに。

「マスター、もう充分ですよ」

KAITOは俺が悩んでいるのを察したのか、労うような声で今度は断言してきた。
「俺たちボーカロイドはもともと食事は必要なわけではないですし、立っていても肉体的には人間より疲れにくいんです」

『俺たちボーカロイド』

KAITOの口からこんな風に聞くと、不思議な気がするが、実感もする。


数日前、父さんと同じ会社の人が、父さんから届いた荷物に入っていたこの歌うアンドロイド、通称ボーカロイドであるKAITOを回収しに来た。結局、KAITOは回収されずに済んで、その時彼らから聞いた話によると、KAITOの他にもボーカロイドはいるということだった。
同じ人から、同じ時期に生み出されたボーカロイド。
KAITOにとっては兄弟姉妹みたいなものになるのだそうだ。

そして先日、ボーカロイドを作った栗山博士を通して、他のマスターたちから一度会いませんか、という誘いが来たのだ。俺もKAITOも、一も二もなく承諾し、俺の家が会場になった。

招待する側としては、きちんとおもてなしをしなくてはならない。
そう思うが、客が来るのは久しぶりすぎるし、ボーカロイド5人と人間4人という計9人の大所帯だ。勝手が分からない。

というか、中学生の俺が大人をおもてなしするのも変なのかもしれない。

詳細を聞いたところ、KAITOの他にいるボーカロイドは、KAITOと同じ仕組みで一番に開発された『MEIKO』、そしてそのデータを少し改変して新しく作り出された『初音ミク』と『鏡音リン・レン』。KAITOはどうやら二番目に作り出されたらしい。


ピンポーン


不意にチャイムが鳴って、俺とKAITOは飛び上がった。
「マママ、マスター!」
「や、やばい、来た!!」
二人してその場でバタバタとした後、我に帰って玄関に直行した。
玄関を開けると2、3メートル先にあるゲートのチャイムの前で、二人の男女が立っていた。
「ど、どうぞ!」
声が裏返り気味になったが、相手は気にした様子もなく黙ってゲートを開けた。

KAITOと同じくらい長身で、細身の男の人だった。理数系だな、と思ったのはその体格のせいもあったし、眼鏡をかけていたせいもあった。けれどあまり神経質そうなイメージは受けなかった。
そしてその後ろに、ちょこんと一人の女の人がいる。KAITOやその男の人に比べるとずいぶん小さい人に思えるが、俺よりも背は高い。異常に長いツインテールは黒より少し薄いくらいのこげ茶色だったが、その髪形は見覚えがあった。

栗山博士たちが持ってきた、ハッタリ写真に写っていた。

写真の中では鮮やかなエメラルドグリーンだったのだが。KAITOが黒髪に出来ることを思えば、不思議ではない。
「俺のボーカロイドの、『初音ミク』です」
栗山博士を彷彿とさせる、感情が読めない淡々とした言葉だった。俺は思わず、高い位置にある彼の顔を見上げた。俺は自分がどんな顔をしていたのか知らないが、俺を見るとその人は少し眉尻を下げた。

「言葉をきつく感じたなら、謝ります」

俺は予想外のことを言われて、慌てて首を振った。
「えーと、そうじゃなくて・・・」
KAITOが俺を見ているのが分かった。
「自分より先に・・・ボーカロイドを、紹介したから・・・」

余程、大切にされているのだろうと。

そう思って、胸がじわりとした。例のハッタリ写真に騙された時は、ボーカロイドにいらないと言ってしまえるなんて、と思ったものだが。

大切にされていて、良かった。
『ああ』と彼は頷いた。
「俺は、冬馬です。桐生冬馬」
そう言って手を差し出してきた。大人の男らしい、それでもKAITOよりずっと筋張った大きな手。俺は自分の手を小さいと感じながらも、冬馬さんの手を握った。もう一度見上げれば、眼鏡の奥で目がうっすらと細くなっていた。KAITOが浮かべる微笑に似ていた。
「えと、俺は椿夏生です。」
「夏生君」
冬馬さんが俺の名前を言うと、その背後から初音ミクがするりと出てきた。

「夏生さん」

ニッコリと笑った。綺麗な笑顔だと思った。
ああ、大切にされている、良かった。
「ミク・・・さん」
「ミクでいいですよ」
「ミク」
俺が呼ぶと、嬉しそうに笑って手を取った。
「よろしくお願いしますね!」
眩しいばかりの笑みを俺に向けると、今度はKAITOに向き合った。
「ミク?」
KAITOは首を傾げながら、名前を呼んでみる。兄弟姉妹と言っても、初対面だからなあ。
「・・・・お兄ちゃん、でいい?」
応えるようにミクも首を傾げ、KAITOは実感がないのかきょとんとしつつも頷くと、長い手をにょっと伸ばしてミクのこげ茶色した頭を撫でた。ミクが嬉しそうにえへへと笑った。

それを見る冬馬さんの目が本当に優しげで、切なくなったのに俺は気付かないふりをした。


「あー、来てる来てる!」

よく通る明朗な声がした。俺たちがゲートを振り返ると女性が二人立っていて、一人が大きく手を振っていた。
やはり、写真で見たことがあった。手を振っている方がボーカロイドなら、多分彼女が『MEIKO』だろうと思った。ミクよりもKAITOに近い感じがしたからだ。
「入ってください!」
俺は冬馬さんとミク越しに声をかけた。

「あ!可愛い!」

一緒に居たもう一人の女性が、ミクを見て声を上げた。
「ひょっとして栗山博士が言ってたミクちゃん!?可愛い子!MEIKOに見習ってもらいたーい」
「・・・ちょっとマスター?」
やはり、手を振っていた方がボーカロイドでMEIKOだったのだ。ミクはKAITOに続いてMEIKOのマスターさんに頭を撫でられて、目を白黒させていた。
「まああたしも、妹が可愛いのは悪い気はしないけどね」
MEIKOも、そのマスターさんも二十代の半ば前くらいで、なんだか仲の良いOLみたいな雰囲気だった。さっきまでミクが紅一点だったのに、急に華やかな空気になる。
「あ、初めまして!私、MEIKOのマスターで千春って言います。柊千春。よろしくお願いしますね!」
そう言って誰に向かってか、手を出した。一番近い冬馬さんが『よろしく』と言いながら握ると、嬉しそうに笑う。その横から、MEIKOが『ずるいずるい』とミクに手を差し出す。ミクが握手をして『お姉ちゃん』と呼ぶと、感動したようにミクを抱きしめた。

「あ、どうぞ。皆さん玄関じゃ何だし・・・、上がってください」

俺は頃合を見計らって声をかけた。MEIKOの視線が俺に向いた。
「あ、ひょっとしなくてもKAITOとマスターさん!?」
「はい、夏生と言います」
「KAITOです。えーと・・・・姉さん?」
うんうん、とMEIKOは嬉しそうに頷いたが、さすがにミクの時のように抱きしめたりはしなかった。
「嬉しいなあ。あたしは自分がこの世で一体だけのボーカロイドだと思ってたし、他のボーカロイドがいるって聞いたのに、全員廃棄になったってハッタリをかまされるし」
「あ!そうか、冬馬さんや千春さんたちのところにも、回収に来たんですね」
俺が声を上げると、千春さんが苦笑いを浮かべた。
「来た来た。あれ驚いたよね、本来一ヶ月限定のモニターだったとか」
その時のことを思い出したのか、ミクが冬馬さんの腰にしがみつき、KAITOは俺の肩あたりの服を掴んだ。MEIKOだけが平然としている。
「ボーカロイドのマスターにあんな写真見せるなんて、鬼畜よね。わたし泣きそうだったんだから」
千春さんは『ぷりぷり』という擬音でもつきそうな様子で怒っていた。
「でもまあ、キレて暴れ出しそうなMEIKOを押さえるのに必死で、泣くどころじゃなかったんだけど」
「それ言わないでよ、マスター!」
MEIKOが叫んで、どっと笑いが起きた。千春さんがいつの間にか涼しい顔で『入りましょうよ』と促すので、やっとみんな家へと入ってくれた。全員が入ったところで、俺が最後に扉を閉めようとした時だった。

「ごめんください」

優しい声がした。同じ『優しい』でもKAITOの声が静かで涼やかな声だとしたら、今の声は暖かくて穏やかな春風のような声だった。
俺は玄関のドアを閉めようとしていた手を止めて、もう一度外を見た。ゲートの前にまた、人がいた。
「ちょっときついー!!」
「誰でもいいから手伝えよー!!」
似たような二つの声が非難がましく言うのが聞こえた。その声を聞きつけて、KAITOと冬馬さんが飛び出した。

ゲートの向こう側に居たのは、車椅子に乗ったおばあさんと、孫のような同じ顔した二人の子供だった。子供のほうは、俺と同じくらいの年だろう。坂道の途中に建っている我が家に、車椅子で来るのは大変だっただろう。門の手前には階段があるので、双子(?)は坂の途中で必死に車椅子を押し止めていた。それをKAITOと冬馬さんが手伝った。

「失礼しますね」

KAITOは一言そう言うと、軽々とおばあさんを持ち上げて、所謂お姫様抱っこをした。
「どこも苦しくはないですか?」
おばあさんは持ち上げられたことを不快に思ったこともなく、『あらあら』と笑うと、大丈夫ですよありがとう、と答えた。冬馬さんは乗り手の居なくなった車椅子を、こちらもまた軽々と持ち上げてKAITOに続いた。
「すごーい、かっこいいー!!」
双子の女の子の方が、目をキラキラさせて言った。その隣で男の子の方が、少し拗ねたように黙って唇を尖らせていた。
その気持ち、よく分かる。

ああ言うのは腕力の問題じゃない。体格の問題だ。

俺と同じくらいの大きさの彼では、KAITOや冬馬さんのような真似はできない。同じ顔をした二人は、KAITOと冬馬さんの後に続いて門を通り玄関までやってきた。そして俺の前に立つ。

「あたし鏡音リン!よろしくね!!」

ミクとは違った、夏が似合いそうな笑顔を向けてくれた。
「ほら!レンも!」
「・・・レンです、よろしく」
そう言って手を差し出した。一応握り返したが、向こうはすぐにぱっと離してしまった。むかつくよりも、なんとなく彼の拗ねたい気分は分かったので苦笑の方が湧いてくる。
「あの人は?」
そう言って、家の中を振り返った。家の中に入り、おばあさんはKAITOからまた車椅子に戻されていた。

「あたしたちのマスター!菊田秋世さん」

リンの元気な声が届いたのか、俺の後ろから『よろしくね』という優しい声が聞こえた。

「あ、じゃあ入って」

俺は玄関の扉を開いて、二人が通れるスペースを作る。リンがお礼を言ったのに対して、レンは目礼だけして黙って家に上がっていく。
「あ、ねえ。君もマスターなの?」
すれ違いざまにリンが聞いてきた。
「ん。KAITOのマスターだよ。夏生っていう。よろしく」
「カイ兄の?そっか、よろしく!!」
元気な笑顔に、俺もつられて頬が緩んだのが分かった。リンとレンの髪はレモンのような色だった。金色よりも、黄色に近い。おそらくKAITOやミクと違って、外でも地毛のままなのだろう、けれど今時中学生ぐらいの子供が、こういう色にしていても少し珍しくはあれ、おかしいとは思われないだろう。

なにはともあれ、これで9人が揃った。俺がリビングに着くと、KAITOはテーブルのそばに立ち、秋世さんは車椅子、残りの6人は各々好きなようにソファに座っていた。
ああ、ソファからあぶれてしまう一人をどうしようかと思っていたけれど、車椅子なのか。

ぼんやり思って、はっとする。お茶を出さなくては。

俺はいそいそとキッチンに戻る。そしてコップにお茶を注ぎながら、ふとリビングの様子をチラ見した。たくさんの人が、楽しそうに談笑している。しかも見た目は何の共通点もない、年も性別も職業もばらばらで、半分は人間ではない。

うちのリビングが、こんなに賑やかになるなんて。

ふいに、ひとりで暮らしていたことを思い出す。
ほんの一ヶ月前のことなのに、ずいぶん色褪せた記憶のように感じた。ぼうっとリビングの様子を見ていると、団欒とした雰囲気から抜け出すようにKAITOがくるりとこちらを振り向いた。

パチリと目が合うと、ミクやリンが移ったのか、花が咲くような満面の笑顔を浮かべた。
そしておもむろに口を開くと、そこから流れるように歌が溢れた。
あの、虹の歌。もう俺の歌のコピーではない、メロディを聞かせて調整しなおしたKAITOの歌。

ああ、と内心で俺も同じ笑顔を浮かべる。

KAITOが歌い終わると、待ってましたと言わんばかりにMEIKOが歌い出す。その歌を知っていたのか、ミクも合わせて入ってくる。そうして、我が家はカラオケ大会のような、ボーカロイドの歌の発表会となった。
楽しそうに歌うボーカロイドたち。
それを誇らしげに、嬉しそうに見つめる穏やかな目のマスターたち。
俺はキッチンからそれを見やり改めて心から思う、マスターになれて、本当に良かったと。


きっとこれからずっと、歌にあふれたこんな日々が続いていく。


いつまでも色褪せることのない、七色の声に彩られた日々が。



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