書物庫5(基本現代作品)

□25時の救命病棟宿直室
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〜25時の救命病棟宿直室〜

(*医療関係者の皆様、御免なさい。)



「大久保センセ…」

「何だ」

「緊急用の…ナースコールの…ランプが…っあ」

裾から入ってきた手が、ストッキングを吊っているガーターベルトのちょうど合間の素肌の部分を掠めた。

少し冷たい指先に肌が粟立つと同時に、甘い期待が口から吐息になって零れる。

「いつもいい声で啼くな、君は」

感情のこもらない誉め言葉に心が凍てつく。なのに肌は、心とは裏腹に熱を帯びていく…。

無機質なレンズ越しの、その冷めた瞳に映る自分の乱れた姿に泣きそうになるけれど。

本心を気づかれてしまったら、もうこんな風に触れてはもらえないと分かっているから…必死に我慢して、遊び慣れた振りをする。

「私も好きですよ…貴方の声」

―声だけじゃなくて、全てが。

本音は胸の奥底にしまい、首の後ろに回した腕に少しだけ力を入れた…僅かにでも、想いが伝わるように願いをこめて。

「フッ…、男心を狂わす天賦の才だな」

どんなに蔑まれてたって、構わない。貴方を一時でも独占できるのならば。

私はゆっくりと微笑んで見せる。余裕があるように。傷ついた心を見透かされないように…。

ふと、まだ緊急用のランプが消えていないことに気づいた。
先程はわざと気を引くために口にしたが、今度は辛うじて残っていた理性が口をついた。

「センセ、まだランプが」

「放っておけ。君のことだ、今日は人数多めにシフトを調整したんだろう?」

「それはそうですけど、今日はちょっと事情が」

「何だ」

あからさまに機嫌を損ねた表情で睨まれ、一瞬怯みそうになる。

けれど、立場を忘れるわけにはいかない。
私は主任の肩書きを持つナース。
何か有事の際には、責任をとらねばならない。

そもそもこの立場を守りたい理由が、貴方の傍に居たいという不純な動機からでも…。

「今日は一人、新人が入ってるんです」

「…沖田とかいうナースか?土方先生の遠縁とかいったか」

自分にとってどうでもいい人間の名前は絶対覚えない人が、入ったばかりの新人ナースの名を口にしたことに衝撃を覚えた。
ただ、続く会話に出てきた土方先生の名に少しほっとする。
診療方針の違いでしょっちゅう口論になる二人だが、実はお互いに激しくライバル視しているのだ。
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