書物庫4(基本幕末作品・慎ちゃんメイン)

□桂さんの女装講座〜ワンこな俺たちと猫な美人〜
1ページ/29ページ

きっかけは、姉さんの何気ない一言だったらしい。

長州藩邸から帰った龍馬さんが、真剣な顔をして俺と以蔵くんを呼んだ。

『おまんら、桂さんを見倣って変装術を学ぶがじゃ!これからの時代は、洋装と女装ぜよ!』




「い…以蔵くん?」

長州藩邸への道すがら、寺田屋を出てから一言も口をきかない以蔵くんに恐る恐る話し掛けた。

「何だ」

「いや…あの、やっぱり不本意なんじゃないかと思って」

「何が」

「だって以蔵くんの師は武市さんだけだし。学ぶ内容が内容だし…」

ちらちらと顔色を窺いながら言葉を選ぶと、以蔵くんが急に立ち止まった。

「…なあ、慎太」

―きたっス!

以蔵くんのこの〈前振り〉には、過去に何度も痛い目にあわされている。

幸いにして今はただ道を歩いていただけだから、何事も起きないはず。
それでも咄嗟に、手に持っていた風呂敷包みを胸に抱えて身構えた。

「どうしたの、以蔵くん」

「オレに女装なんて…似合うんだろうか」

我ながらよく堪えたと思った。

―まさかずっとそれを考えて!?以蔵くん…、何て可愛いんだっ!

出来る・出来ないではなく、似合うか・似合わないかを気にするなんて。
オレはその広い背中をばんばん叩いて励ました。

「以蔵くんならきっと、龍馬さんの姉上より似合うっスよ!」

龍馬さんの姉上は、郷里では大変な有名人だ。…色んな意味で。

「お前…それ、龍馬の前では絶対に言うなよ」

呆れ顔の以蔵くんに、俺は安請け合いした。

「心得てるっス!」

さっきまでの居心地悪い雰囲気が払拭された俺は、少し軽くなった足取りで長州藩邸を目指した。




「慎ちゃん、以蔵!久しぶりだね」

今日も明るい笑顔の姉さんが、藩邸の入口で砂埃を抑える水撒きをしながら迎えてくれた。
すっかり長州藩邸での生活に馴染んでるらしい。

桂さんはともかくあの高杉さんを手懐け、あまつさえ奇兵隊の隊員たちから一目置かれているという噂も耳にする。

姉さんはやっぱり、只者じゃなかった―何となくそれが嬉しい。
だから龍馬さんの落胆ぶりも、俺にはよく分かった。

「姉さんも元気そうで何よりっス!」

お土産の団子を風呂敷包みから取り出すと、姉さんの目がきらきらと輝いた。

「わぁっ、ありがと!」

「…一人で全部喰うなよ」

ぼそっと以蔵くんが言う。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ