月歌
□To Consciousness
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「ナマエ先輩!」
卒業以来久しぶりに母校に顔を出した私を元気に迎え入れる声が聞こえた。
校門から手を振るその人は、私が高校時代に可愛がった同じ部活の後輩だ。人懐っこい性格で誰とでも仲が良かった彼が、何故か特に私になつき、回りからは姉弟だと持て囃されていたのを今でも鮮明に覚えている。
私が手を振り返すと、嬉しそうに駆け寄ってくる。
その姿は、さながら犬の様。まるで茶色い耳と尻尾が生えていてパタパタと揺れているように錯覚する。
「ナマエ先輩お久しぶりですっ!」
「おー、久しぶりだね郁!元気にして………たかは、聞くまでもないか」
「ははは、そうですね!変わらず元気です」
彼、神無月郁は苦笑する私に応えるように笑い返した。
まだまだ伸び盛りな彼はこの数ヶ月でまた少し成長したようで、あの時は私より少しだけ小さかった身長も今では私を越していた。
対応力に加えて身長でも私を抜かすなんて、郁のくせに………
「生意気だよね」
「えぇ!?いきなりそれは酷くないですか」
頭を撫でていた手に思わず力が入ってしまっていたようで、郁は「先輩、痛いです………っ」なんて涙目でこちらを見ていた。
郁の涙目攻撃なんて耐性がついたと思っていたのに、昔と違う見下ろされる立場にドキリと胸がざわついた。ごめんよ、なんて誤魔化した言葉はいつも通り笑えて言えていただろうか。
「そ、そうだ。部の皆はどう?上手くやってる?」
「みんな元気にしてますよ。今日も先輩が来るのを楽しみにしていましたし」
そうか、それは良かった。信頼してないわけじゃないけれど、やはり自分がいなくなった後の事は気になるものだ。とくに郁はアイドル活動も盛んになってきたのを耳にしている。私の後輩に限ってそれはないと思うけど、郁が気まずい思いをしていないかとか。
でも、それを聞いて安心した。
加えて冷静さも戻ってきた。
「それにしても、」
「ん?」
「先輩も相変わらずですね」
何が、なんて聞けなかった。いや、聞く間も与えて貰えなかった。
気付いた時には目の前に彼の顔があって、私の思考は完全にショートしていた。
え………え?!
今のって………キキキキキキ………っ!!!!!!
「ナマエ先輩、顔真っ赤」
「君のせいでしょう………!!!」
「先輩がいけないんですよ?俺はずっとナマエ先輩のことが好きだったのに遠回しのアピールじゃ気付いてもらえないし。終いには姉弟って言われて喜んでるし」
「なっ…」
「ということで。これからはガンガン押してくので、覚悟しててくださいよ、ナマエ先輩!」
ここが校門だとか、周りには私たちを遠回しに見ている学生達がいるとか、そんなこともすっかり頭から抜け落ちて。
私はただただ、赤くなった顔を隠すように俯くしか出来なかった。
〈To Consciousness〉
アイドルだしそういう関係になってはいけないと、ずっと意識しないようにしていたのに、可愛い可愛い後輩に迫られて。
私ばっかりドキドキさせられているようで。
………やっぱり、郁のくせに生意気だ。
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