クロノクニ

□重紙 3
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私は貴方、貴方は私。
私は貴方を知っていても、貴方は私を知らないのです。
それでも私を知りたいですか?
無知は罪だと何処かのだれかは言いましたが、きっと私と貴方では意味が逆になるでしょう。
知らない事は幸福です。
それでも私を知りたいですか?








知りたい。
例え、どんな事があっても、俺は君を知りたいんだ。
君は俺を、何も知らない俺を救ってくれた。
あの男から受けた苦しさに、恐怖に、立ち向かう勇気を君は俺にくれたんだ。
君の約束があったから。
俺は今、人として生きてる。

ありがとうなんてありきたりな言葉なんかじゃ、言い表せないくらいに。
俺は君に、感謝をしてきた。
だから俺は、君を知りたい。

教えて欲しいんだ。
君の事を。









その日、俺は街をつまらなげに散歩していた。
開校記念日、歴史教師が嫌みったらしげそんな休みを口に出していたのが気に食わないが、生徒にしては有り難い休日に間違いは無いだろう。
友人はほとんどが怠惰な一日を終えるなか、俺はぼんやりと街を探索している。
理由は得にない、今朝方に届いた手紙の返事を待つのが待ち遠しいだけだ。
部屋で漫画を開くよりは、街で時間を潰した方が手っ取り早いと感じたから。
あの男の恐怖よりもそれは勝っていて。
不思議と危険を覚えない。

『暢気なものだな。お前は恐怖を感じぬ人型か』

暗闇が話し掛けたようだ。
しかし、それは比喩には思えない。何故なら、目の前の幼い少年は口を開いた姿は、それに値すべき異端さを感じさせたから。
左目は、まるで空洞のように暗く、死人みたいな漆黒の目は光を宿して居ないのがありありと解る。ああ、まさか…。
この子供は。

『安心、いや、人間の生を受けたお前にとって人なざる私は脅威か。ならば恐怖せよ』

「お前…」

『私は国無き支配者。だが、ありきたりなつまらぬ存在に過ぎない』

意味深げでありながら、不可思議なこの言い回しは、一人しか記憶にない。不思議な事に、前にあった時と姿形が変わっているにもかかわらず、それをあの時の怪物と判断した。どうやらコイツには、正常な思考を麻痺させるひとなざる何かを持っているようだ。
常識なんて通じない、人として、生物としての質がまるで違う。

『白紙の少女に逢いたいなど考えてはおるまいな』

隣をゆっくり歩くソレは、愁夜の顔すら見ずに問う。
何故コイツには俺の考えを先読み出来るのか。いくら思考を張り巡らしても、きっとコイツを知ることは不可能に違いない。

「アンタには関係ないだろ」

『そうだな』

やけにあっさりした解答に、度肝を抜かれた。
コイツならば、長々と不可解な言語を並べてくると考えていたからだ。

『全てはお前の選択次第だ。
運命とはそうあるべきなのだからな』

「運命を信じてるのか?」

『運命とはそうなるであろう過程の事だ。もし、そうならば己はどうあるべきなのか。ソレ全てを総称して人間は運命と名付けた。
それだけの話だ。私には賛同しかねん』

「アンタ、人間?」

『貴様がそう思うなら、私は人間だろうな。私、は確かな存在ではないのだ』

質問するたびに、曖昧な返答のみしか耳に入らない。壊れたオルゴールが何度も繰り返すように。

「もう俺に関わるな」

振り返ったときには、少年の姿は無く、気の抜けたような寂れた町並みが広がっていた。

そのさきの、樹木に亡霊めいた男が覗いて、消えるように愁夜を後にするのを、見た気がした。

俺は、一目散に、駅へと走った。逃げるように、聞こえぬように。






「愁夜、お前を助けたいんだ。
解ってくれ…」




『中島愁夜、お前は私の息吹を感じた。愚かにも知らぬ間に私の不毛なる領地へ足を踏み入れたのだ。進むか、踏み止まるか、いかなる選択をしようとも、貴様の結末の先にはあの女が居るのだよ…』








朝日を迎える。
淡いダークブルーの陰影を生み出された小さな部屋に、死人のように俺はたっていた。
不気味な朝だ。
こんな朝を迎えたのは、初めてだろう。生まれて、初めて。

手にしていたのは、何時もの紙切れだ。
ただし、それはきっと愁夜の歩んだ全てを覆すものに違いない。
愁夜が逃げてきた、彼女の全てが綴られているのだ。
無機質にも感じたそれは、愁夜を嘲笑うような白。
彼女が、似合うだろう優しさのいろ。

愁夜の指が、ゆっくりと、その白へと差し込まれた。











拝見、中島愁夜様

貴方は、この手紙を読んだら変わってしまうでしょうか。
それでも私が知りたいのなら、覚悟してください。

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