クロノクニ

□重紙 6
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怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

誰かに陰口を言われるのが。

怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い

皆と違うことが。



いつも、誰かと比べられていた。個性は否定され、感性は統一されて、宙ぶらりんな半端な出来損ないはただの用無し。
邪魔物だった。
お荷物だった。
この世に必要無かった。
そのくせ、社会はそれに気付いた人間を否定した。
役立たずはいらないと謡う癖に、命を無駄にするなと綺麗で残酷で、矛盾した戯れ事をほざいた。

そんな負け犬になんかなりたくなかった。

…馬鹿にされるから。

死に物狂いで、勉強した。

…自分が見下されるのがいやだったから。

誠実で真面目でイイヒトを演じた。

…何時でも逃げ道を確保する為に。


なのに。





なのに。






世界は平等に人間を愛してはくれない。





息子が生まれた。



息子は性同一性障害を抱えて生まれた。




積み上げた綺麗な未来の。






汚点だった。






こんな子供がいたから、







私は笑い者にされた。



世間は、はずれものを認める訳無い。
はずれものの親なんて、



恥ずかしい事じゃないか。


私を、
私を失望させるな。
お前は、普通の人間になるんだ!でなければ私が笑い者だ!





私を世間の晒しものにする気か!










白亜のまどろみから目を覚ました。
ぼやけた視界が、徐々に光を取り戻す。どうやら此処は道路らしい。怪物の姿のない本当の世界のようだった。
長時間たったままだったのだろうか、足は重く、鉄でもぶら下げているようだ。
一つ。二つ。
母を求めてさまよう子のように、沈んだ日を追っていく。伸ばした手を拒むように、緋色の光は姿を消していく。
ああ、君も私を認めないのか。
歪んだ歯車は、やがて全ての歯車を歪ませる。
白紙の世界に溢れた雫は、己でも浸蝕することを止めることは出来ないのだ。


私はもはや、タダシイ人間としての価値はないということ。


ならばせめて、汚点と、息子と共に消えるまで。
苦しむ姿が見たくないなんて、綺麗な理由では無かったのだ。
ただ、愁夜を生み出した私が、笑い者にされるのが嫌だった。怖かった。人間は、弱い者を好むのだ。
私はそんな奴らのエサになりたくない!

気が付けば、父の家への道を歩んでいた。
愁夜が死んだ事を確認する為だ。誰も立ち寄らぬような路地で、愁夜を刺した。まだ見つからないとは思うが、奇怪な胸騒ぎを感じるのだ。
それは、怪物に出会う直前に良く似た予感に近い。


やがて、今にも崩れそうな古い家が目に入る。
雨風に曝されて風化したのだろう、見慣れた表札はすっかり文字が消え、その機能を失っていた。
禿げた瓦屋根は、子供時代を映してうっとおしい限りだ。
腰が曲がった年寄りに顔をしかめ、声をかけた。

「愁夜を知らないか?」

しかし、予想だにしない出来事が目の前で繰り広げた。
私を見た父は、驚愕の表情を浮かべ、何事かを叫んだ。それに戸惑う私に、背をむけ、立て掛けられたソレに手を伸ばす。鈍い黒で塗り固められたそれの正体に気付いた時には、ソレは真っ直ぐなに私の脳天に向かっていて…














『お前は、私のクニへ行く資格など、鼻から無かったのだ。
哀れな奴など言わぬ。
ただ、愚かだった。それだけの話だろう。肥えた悪意はその身を醜く変え、世間に怯えた嘘は身を包んで褐色の衣となる。
私が変えた訳ではない。
貴様が望んだタダシイ人間の姿に、身体が叶えたのだ。
喜ばしき事ではないか…』









古びた家の庭に、茶色い塊がうずくまっていた。
深い毛皮に、小さな手足。尻にはミミズのような、ねっとりとした尾が生えていた。

大きな、溝鼠だ。

頭からは、銃で撃ち抜かれたのだろう。黒の混じった赤が、鮮やかにも飾られていたのだ。
老人は、手の中の狩猟用の銃を持ったまま、呆然とそれを見ていた。



己を守るために、醜く肥えた鼠が救われたのか、見捨てられたのか。



夕暮れの消えた世界の終りめいた闇の中に、二人の人影が立っていた。
どちらも顔がよく似ている所から、双子だろうと思われた。
その手は優しく、しかし固く、けして解けることの無いように、結ばれたままで。






「じゃあね、父さん」

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