Novel

□暁光の森
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「う〜ん、やっぱり森っていいな」
 思いっきり伸びをしながらわたしは呟く。
街とは違って静かで、耳を澄ますと鳥たちの鳴き声や、木の葉が揺れる心地よい音が聴こえてくる。そんな深緑の森の中を、私は一人歩いていた。
シリークは、港町独特の活気があって好きだけど、「エメラルドの森」と呼ばれるこの場所が、わたしは好きなんだ。
それに、ここでは季節によって多種多様な食用植物が手に入るので、実は隠れた食料調達の場にもなる。いくら商業が盛んな街とはいえ、この森で採れるものは街では売っていないし、森の中まで採りに行こうとする人そのものがいないからね。
「さあ、今日もひと仕事するかな」
わたしは気合を入れて仕事…もとい、木の実集めに取り掛かることにした。食料調達も、わたしの家では立派な仕事のひとつ。甘くみてはいけないのよね。

「ふう。ま、こんなもんでしょ」
 しばらくしてカゴがいっぱいになってきた頃、わたしは木の実を拾う手を止めた。これだけあれば、とりあえず数日は持つと思うし。
 集めた木の実を袋にまとめてデイパックに詰め、時計をみてみると、まだ時間は午後二時を回ったところ。暗くなるまで、かなり時間がある。
「どうせ家に帰ってもまだ人がいっぱいいるだろうし…グロリアに行こうっと」
 グロリアとは、エメラルドの森の中にある湿原のこと。中央に美味しい水の湧く泉があって、それが湿地帯をつくっているんだよ、って聞いたことがある。近くには湖もある。
小さい頃から、暇さえあればいつもエメラルドの森で遊んでいたわたしにとって、グロリア湿原は一番のお気に入りの場所なんだ。遊び疲れたときに休憩したり、湿原で水遊びしたり、夏の暑いときに涼んだり…。
人の気配のない、柔らかな木漏れ日の漏れるこの湿原が森の中でも特に好きで、時間さえあればいつでもここを訪れていた。
そんなわたしにとって、グロリア湿原に行くのという行為はごく自然なこと。わたしはなんの躊躇いもなく、グロリア湿原へとその足を向けた。
そして、いつものように早足で湿原に向かっていると――、足元でカラーン、という音がした。
どうやら何かを蹴っ飛ばしたみたい。
「いけないっ、何か蹴っちゃった。何だったんだろ、今の」
 辺りを見渡すと、少し先に何か小さなものが見える。近づいて拾い上げて見てみると、それは複雑な紋章が刻まれた、小さなブローチ。どうやら、かなり年季の入ったものらしい。
「誰かの落し物かな?帰ってから父さんにでも言ってみるか。うちに来る人たちに聞けば、持ち主が分かるかもしれないし」
そう思ったわたしは、ブローチをポケットに入れた。それにしても、この紋章、どこかで見たことがあるような…。
そんなことを考えながらぼんやり歩いていたら、木の根っこに足を引っ掛けて…そのままずっこけてしまった。
「おわっ!…あ、またやっちゃった…」
 なにせここは湿地へ続く道、しかも昨日の雨で道はかなりぬかるんでいるから…どうなったかは言うまでもないでしょう。とにかくこの泥を落とそう。わたしはそう思いなおして、小走りで湿原へ向かった。
 ――今度は転ばないように、細心の注意を払って。
――ガッ…!
 あーあ。言ったそばから早速…。
 
そんなこんなで、ようやく湿原にたどり着いたのは三時近くだった。実はあの後、さらに二回こけたんだよね…。
早速身体の泥を落とそうと思って泉に近づくと、いつもは誰もいない湿原に、誰かが佇んでいるのに気づいた。
「あれ…誰かいる?珍しいな」
 見た感じ、わたしと同い年くらいの女の子みたい。
地面に足を取られないよう慎重に近づき、まじまじと女の子の顔を見つめてみる。白い肌に、整った顔立ちがとても綺麗。どうやら寝ているらしく、スースー、と寝息が聞こえる。服装から察するに、それなりに身分のある人みたいだけど、初めて会った人だというのは間違いない。でも、どこかで見たことがある気がするのは気のせい?わたしは不思議な気持ちで、彼女の寝顔にしばし魅入っていた。
どのくらいそうしていただろう。
「ん…」
 という声と共に目覚めた彼女は、目を細めてわたしを見つめる。
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