Novel

□名もなき春の詩。
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『名もなき春の詩』

春。


あまたの命が芽吹き
一度は枯れ果てたセカイが一瞬で美しく蘇る

それは僕らの知らない
太古の昔から変わらぬことで

当時を生きた彼らの知らない
現在でも変わることなく続くもの


美しい彩りで世界に華を添えるこの季節
だがその彩りは儚い
栄えた「華」でもいつか散る
盛者必衰の理の通りに

ふと顔を上げてみる
目の前には1本の満開の桜
あぁもうそんな季節なのか。
僕は桜に手をのばした

その瞬間、柔らかな風が僕らを包み込む
刹那、目の前の花は風にとばされ
僕の眼前から姿を消した
呆然とする僕の手のひらには
薄紅色の欠片がひとつ

そして僕は気づく
この美しさはたくさんの
小さな「死」の上で
成り立つものなのだと

目の前には散り行く桜の雨
足元には広がり行く薄紅色
この哀しくもやさしい雨は
やがて僕の足元を薄紅色に染めてゆく

どれほどのときが流れただろう
気がつくと辺りは夕焼けに染まり
動くことなく1人たたずむ彼女は
神々しく輝いている

本当は寂しかったのではなかろうか
僕の知らない昔からたった1人で
孤独に耐えていたのだろう
だからこの季節だけ
薄紅色を散らすことで
涙を流しているのではなかろうか


かくいう僕はどうだろう
仲間の輪に入れず
1人で孤独に耐えることだけで
こんなにも苦しんでいる

彼女に比べれば僕の苦しみなんて
ほんの些細な一握りでしかないというのに

僕は彼女に問いかける
君は1人で寂しくないかと
彼女は静かに泣いていた
僕も一緒に涙した


数日後
僕は再び彼女のもとを訪れた
やさしい薄紅色に染まっていた彼女は
柔らかな緑の衣をまとっていた

太陽の光を受ける彼女は
眩しそうに、だが生き生きと輝いている
よく見ると彼女のそばには
小さな桜の木が芽吹いていた
根元には1輪の花が咲いている
これで彼女は大丈夫
もう1人じゃないから

僕はふと足元に目をやる
同じ花が咲いている
しゃがみこんで花を眺めてみる
その瞬間―

――ダイジョウブ。
  キミハ、ヒトリジャナイ――


そう聴こえた気がした
これは…彼女がくれたメッセージ?


彼女は何も答えない
でももう大丈夫
僕は1人じゃないんだから
本当は誰も1人ぼっちじゃないと気づけたのだから



「季節の流れ」
それはきっと僕らも
過去を生きた彼らも知らない
遠い未来でも変わることなく続くのだろう
時は止まることなく流れてゆくものだから

長い歴史の中でみれば
ほんの一瞬の出来事かもしれない
いつもと変わらない春なのかもしれない

それでもいいんだ
僕にとって特別な春だということは
永久に変わらないのだから


かっこ悪くてもいいんだ
僕は僕の道を
精一杯生きてゆけばいいのだから

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