駅からバスで、小3時間はかかる村のバス停に、やっとの思いでたどり着いた。
家を出たのは早朝であったのに、そのころにはもう、夕暮れに射しかかっていた。
バスの中には、僕ともう1人、着物を着た身なりのいい女性が座っていて、僕が降りると、その女性も同じ駅で降りた。

この村の人だろうかと彼女を見れば、彼女も僕を見ていた。

少し驚いた、そんな顔で。

「…どうか、しましたか」

彼女の手に下がっている買い物袋が揺れた。何とはなしにそれを見ながら、僕は彼女に話しかける。

「あ…いえ…」

煮え切らない答えである。彼女は目を伏せながら言葉を続けた。

「この村にお客様は、珍しい、ですので」

バスが大きなエンジン音をたてて去っていった。彼女はその音に少し驚いたようで、肩が小さく跳ね上がる。

「そうですか、」

「ええ…あっ」

彼女が頷くと同時に、持っていた買い物袋のもち手が破れた。
砂糖の袋が零れ落ちる。
僕はそれを拾って彼女に渡した。

「どうぞ」

「、ありがとうございます」

彼女は頭だけ下げて礼を言う。
抱えなおした袋の中身は、醤油などの調味料ばかりだった。

「随分と重たいものばかりですね」

だからきっとその負荷に耐え切れず、もち手が破けたのだ。

「貸してください」

「あの…あ」

彼女が持っていた袋を取り上げて抱える。
結構な重さだ。
あの細い体でこんなものを持っていたのか。

「もっていきますよ」

「そんな、悪いです!重いですし」

彼女はあわてて僕の腕に手を添えた。
細い指先が服ごしに僕をなでる。

「大丈夫ですよ、ほら、こうすれば」

そういって、僕は足元のトランクに乗せた。
紐で括れば、ずり落ちてはこなかった。

「すみません…」

彼女は頭を下げた。さっきからよく頭を下げる人だ。
そう思った矢先、彼女は勢いよく頭をあげた。

「あ、今日お泊まりになるところは、決まっていらっしゃいますか?」

ああ、と僕は来る前に調べていた宿屋の名前をあげる。
すると彼女は顔を綻ばせた。

「宿屋・浅蜊荘は、私の宿です。どうぞ、ついていらしてください」







 辺りを見回すと、薄畑が見える。それは夕日色によく映えていた。
砂利道を歩く彼女も、その夕日によく溶け込んでいた。その背を見ながら、落日のような人だ、と思った。
彼女は太陽のような輝きを持っているのに、その背はあまりにも、儚い。

「あの、お名前は…」

「え?」

前を見ると、彼女は振り返って僕を見ていた。

「なんてお呼びしたらよろしいのかしら」

名前。そういえばまだ名乗っていなかった。

「六道、といいます」

すると彼女は、確認するように復唱する。

「…六道、さま」

微笑む顔が白磁のように白く、人形のように美しかった。






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