弐
駅からバスで、小3時間はかかる村のバス停に、やっとの思いでたどり着いた。
家を出たのは早朝であったのに、そのころにはもう、夕暮れに射しかかっていた。
バスの中には、僕ともう1人、着物を着た身なりのいい女性が座っていて、僕が降りると、その女性も同じ駅で降りた。
この村の人だろうかと彼女を見れば、彼女も僕を見ていた。
少し驚いた、そんな顔で。
「…どうか、しましたか」
彼女の手に下がっている買い物袋が揺れた。何とはなしにそれを見ながら、僕は彼女に話しかける。
「あ…いえ…」
煮え切らない答えである。彼女は目を伏せながら言葉を続けた。
「この村にお客様は、珍しい、ですので」
バスが大きなエンジン音をたてて去っていった。彼女はその音に少し驚いたようで、肩が小さく跳ね上がる。
「そうですか、」
「ええ…あっ」
彼女が頷くと同時に、持っていた買い物袋のもち手が破れた。
砂糖の袋が零れ落ちる。
僕はそれを拾って彼女に渡した。
「どうぞ」
「、ありがとうございます」
彼女は頭だけ下げて礼を言う。
抱えなおした袋の中身は、醤油などの調味料ばかりだった。
「随分と重たいものばかりですね」
だからきっとその負荷に耐え切れず、もち手が破けたのだ。
「貸してください」
「あの…あ」
彼女が持っていた袋を取り上げて抱える。
結構な重さだ。
あの細い体でこんなものを持っていたのか。
「もっていきますよ」
「そんな、悪いです!重いですし」
彼女はあわてて僕の腕に手を添えた。
細い指先が服ごしに僕をなでる。
「大丈夫ですよ、ほら、こうすれば」
そういって、僕は足元のトランクに乗せた。
紐で括れば、ずり落ちてはこなかった。
「すみません…」
彼女は頭を下げた。さっきからよく頭を下げる人だ。
そう思った矢先、彼女は勢いよく頭をあげた。
「あ、今日お泊まりになるところは、決まっていらっしゃいますか?」
ああ、と僕は来る前に調べていた宿屋の名前をあげる。
すると彼女は顔を綻ばせた。
「宿屋・浅蜊荘は、私の宿です。どうぞ、ついていらしてください」
辺りを見回すと、薄畑が見える。それは夕日色によく映えていた。
砂利道を歩く彼女も、その夕日によく溶け込んでいた。その背を見ながら、落日のような人だ、と思った。
彼女は太陽のような輝きを持っているのに、その背はあまりにも、儚い。
「あの、お名前は…」
「え?」
前を見ると、彼女は振り返って僕を見ていた。
「なんてお呼びしたらよろしいのかしら」
名前。そういえばまだ名乗っていなかった。
「六道、といいます」
すると彼女は、確認するように復唱する。
「…六道、さま」
微笑む顔が白磁のように白く、人形のように美しかった。
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