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□真夜中の純潔
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「おかえりなさい」
「……………ただいま」
「お仕事、お疲れさま。じゃ、ま、そこに座って」
一瞬、自分の部屋に不審者がいたと山崎は声を大にして叫びたい衝動にかられた。が、人騒がせなあやめに真っ向から対抗するにはほとほと疲れてはてていた。それほど本日の任務はキツかった。
結局あやめに言われたままに山崎は、ベッドの端に座る。
山崎が座ったのを見やると、あやめはどこから取り出したのやら靴磨き用のクリームとブラシを床に置いた。
チューブから少量のクリームを出すと、手際よく山崎の靴を磨き始める。
「……毎回毎回、何なんですかアナタ。世界名作劇場にでもカブれたんすか?」
「決まってるでしょ?貴女をいただきにきたのよ」
「……今日はそーゆー気分にはぜんっっぜんなれないんですけど」
あやめとコトを致す仲になった。とは言え、厳密には恋人同士ではない。と、山崎は思っている。
ただ、共通点はある。
互い役割は異なるが時には剣と朱にまみれる激務だ。
そんな激務後の身体を潤したくなった時期がたまたまシンクロしただけだと山崎は思っている。
そのたまたまがここ最近は、あまり間をあけずに続いているのには深く突っ込めないでいるが。
最初は普通に、所謂段階を踏んで致したと思う。
二回目以降から、あやめは山崎を剥く前に磨き、正すという行為を取り入れるようになった。
靴を磨き、衣服を正す。
あやめ曰く、
「脱がす前だからこそよ」
だそうだが、山崎にはさっぱり意味が解らない。
しかし、一番意味が解らないのは、そんなあやめにされるがままな自分であろう。
思案している間に靴はすっかり磨きあげられている。
「お次は…っと」
「…今日は制服の汚れとりは止めた方が無難だと思いますよ」
「どうして?」
「黒いから乾いて見えづらいだろうけど、返り血…けっこー浴びましたからね」
「あーね」
山崎の説明を聞きながらも、あやめは新しい布切れを取り出し、用意してあったぬるま湯を張った錻のバケツに布切れを浸す。
「………絶対匂いますよ」
「ふふ」
あやめは軽く湯を絞った布切れを山崎の制服にあててゆく。
むん、と、血の匂いがふたりの鼻腔をつく。
薄紫の柔らかな髪が山崎の頬に触れる。
制服の血糊が消える分、匂いは一層濃くなる。
「どう?」
「何ですか?」
「盛り上がってきたかしら?気分」
そ、んなわけない。
と言おうとして、はずれた制服の詰襟の釦があやめの手によって嵌められる。
「さ、完了」
柔らかなあやめの笑みが山崎の眼前にある。
―また釦は、はずされるのだ。
熱い何かがじわりと身体から滲み出る。
そんな山崎の状態を熟知しているのか、あやめは顔を近づけたままとりとめのない話を山崎に繰り広げる。
「私って実は三姉妹なのよ。あやめ、菖蒲、杜若と言うの」
「はあ…そうっすか」
杜若はないだろうとぼんやり思いながら、あやめの指が制服の詰襟に再度かかる前に、山崎は目を閉じた。