novel

□やまもとさんちのたけしくんがかぜひいた
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◆やまもとさんちのたけしくんがかぜひいた◆



「馬鹿は風邪引かない」なんて言われてるけど、そんな言葉はでたらめなんだ、って俺は14になって初めて知った。

「う〜〜〜〜〜…」
ちょっと油断すると、喉の奥からこんな唸り声がこみ上げてきてしまう。
前に理科の授業で見たウシガエルの鳴き声みたいな、そんな声。
別に俺だって好きでカエルのモノマネしてるわけじゃない。何かこんな声が勝手に喉から出てきちまうんだもん。
「…そんなに苦しいならとっとと家帰って寝りゃいいだろうがよ」
俺の前に座り、雑誌を読んでいた獄寺は呆れ顔でそう呟く。
それに対し俺はぶんぶんと首を振った。
うぅぉ、なんか脳ミソが揺さ振られるような気がしてキモチワル…
「だって帰ったら…」
「ああ?」
「帰ったら獄寺と一緒にいらんねぇし…」
「――――は?」
「俺、お前と一緒にいたいんだもん」
「…それで俺の家に風邪菌ばら撒きに来てんのかてめぇは。…まぁ、咳も出てねぇし、熱も無えみたいだからお前が辛くないなら別にいいけどよ」
「…んー…辛い…かな?」
「だったらとっとと帰れバカ」
「でも帰って独りになったら俺、多分ロードワークとか行っちまうと思う」
「何で調子悪いって言ってるときに運動すんだよ」
「獄寺いねーなら、他にやることねーもん」
暇もてあますくらいならトレーニングする、と言った俺に獄寺は頭を抱える。
「お前アレな。本物のバカな。知ってたけどよ」
フンだ。何とでも言え。
だってな、辛いんだぜあれ。
一日中一緒にいて、ずーっとベタベタしてても、家帰って部屋でぽつんと独りでいると急に泣きたくなんの。
自分の部屋なのに、壁とかベッドとかすげぇ冷え冷えとして見えるんだ。
寒くて、淋しくて、別れたばっかりなのにまたすぐお前に会いたくなっちまう。
そんなこと口に出して言ったら絶対獄寺に蹴られるの解ってるから、喉元まで出かかっていた言葉を、もう常温に近くなっている牛乳で飲み下した。
「うえー、牛乳が喉の奥で絡むー…」
いつもはそんなことないのに、今日は首の真ん中辺りのところで牛乳が粘りつく気がした。
多分、喉の調子が悪いからなんだと思うけど、なんかこれすっげぇ気持ち悪ぃ。
「喉ガラガラの時にそんなもん飲むからだろ。せめてホットミルクにして飲めよ」
「んー…でもホットミルクってなんか牛乳臭いの強くなんね?」
「じゃあ水でも何でも飲んでろ。冷蔵庫にミネラルウォーター入ってっから」
「冷蔵庫の…ってあの緑のガラスビンのやつ?」
「ああ」
「俺、アレ嫌い」
「ワガママな奴だなてめー」
だってお前が飲んでるミネラルウォーターって水のくせに水じゃねーじゃん。なんで天然水なのに炭酸入ってんだよ。しかも味ないし飲み辛いし。
お前なんであんなわけわかんねーの普通に飲めるんだよ。信じらんねー。
「―――ったく、しょーがねーなっ!」
我慢も限界だ、とでも言うように獄寺はそう吐き捨てる。
やばい!ワガママ言い過ぎて怒らしちまったか?
思い当たるフシが今日はアリアリなので、すぐに謝ろうと思って声を掛けようとしたんだけど、獄寺は俺の方なんか見もせずに立ち上がると、キッチンへと行ってしまった。
その手に…俺からかっさらうように奪い取った、飲みかけの牛乳パックを持って。
「あ、あの、獄寺?」
「うるせえ、黙って待ってろ!」
てっきり流しに捨てられてしまうのかと思ったが、そうではないらしい。
獄寺は俺にそう叫びながら、何やら調理器具をがたがた引っ張り出していた。
コンロに鍋を乗せる音、そして火を点ける音…。
ホットミルクを作ってくれてるのかと思ったんだけど、どうやらそうでもないらしい。俺さっき「ホットミルク苦手」って言ってるしな。
待ってろって言われたからおとなしくそうしてたんだけど、もうかれこれ20分くらい経ってる。
さすがに心配になってきたら、今度はすっげぇ甘くていい匂いがしてきた。
えーと…何だったっけこの匂い。ものすごく懐かしい気がするんだけど…
一瞬、お祭の時のことを思い出したような気もしないでも――――って考えてたら!!いきなりバチバチッってすげぇ音が獄寺の方から聞こえてきた。
「ご、獄寺?!」
「何でもねぇよ!今危ないからこっち来んな!!」
あ…“危ない”?!
ちょ、お前、何やってんだよ!?
キッチンで料理してて危ないって…俺の牛乳が暴発でもしたのかよ!?
…って台詞を声に出して言ったら、獄寺がものすごい勢いで戻って来て俺の頭を一発叩いてまたキッチンに帰っていった。
あ、あー…。いや、わざとじゃねぇって。ていうか、そんな解釈するお前の方がよっぽどイヤラシイだろ。
そこから先は変な音も何もなくて、時間だけが静かに過ぎる。
さっき感じた甘い匂いもだいぶ薄れてきてしまった。
―――ああ、わかった。これ、りんごあめとかべっこうあめ売ってる屋台の匂いだ。
そう思い出した時、ようやくキッチンから戻ってきた獄寺が、俺の前にマグカップをコトリと置いた。
「ほら、これ飲め」
「え…?」
ホットミルク―――じゃない。
もっと薄茶っぽくて…甘い香ばしい匂いがする。
そこには俺が嫌がっていた牛乳の生臭さはなかった。
何だろこれ。
カフェオレほど茶色くないし、ミルクティみたいに赤茶でもない。ココアとも全然違う。
その香ばしいような、どこか懐かしい香りに誘われるようにマグカップへと口をつけた俺は、その味にちょっとびっくりした。
ものすごく甘いんだけど、砂糖特有のでしゃばるような主張がない。
常温の時に感じていた牛乳の粘り気もなく、飲み下すとすっきりとした優しい甘みだけが残った。
「お前、牛乳温めるときに沸騰させたか中途半端な温度で止めたかしたろ。あれやると牛乳は生臭さが強くなっちまうんだよ。それから喉痛いときは砂糖の乱用も避けろよ。下手な使い方すっと逆に喉を傷めることになる」
「じゃあこれは?」
「キャラメリゼした中に牛乳を入れた。ちょっと焦がし過ぎちまったけど」
「…キャラメル?」
「“キャラメリゼ”。砂糖を溶かしてアメ状にしたんだ」
そこまで言われて、何でお祭の時の思い出が頭をよぎったかようやく解った。
そうだよな、べっこうあめって砂糖を煮詰めて作るんだもんな。
このミルクがこんなにも甘いのに全然飲み飽きないのは、きっとそういう手間を惜しまずに加えているからなのだろう。
「…美味い」
「ったりめーだ。この俺がわざわざ作ってやったんだからな」
「うん、すげー嬉しい。ありがとな、獄寺」
「…ちっ…」
礼を言った俺に対して獄寺はふいっとそっぽを向いてしまう。
こんな関係になって知ったけど、獄寺は褒められたり人から感謝されることにあまり慣れていない。言われるとすぐこうやって横を向いてしまう。
素直じゃないな、と思う行動も、最近は可愛く見えて仕方ない。あーもー、俺も相当毒されてんな。
「…親父さんの仕込みが終わって手が空く時間になったら家まで送ってってやるから」
「え…っ?」
「お前の考えなんて丸解りだっての。店の準備が忙しい時間には帰りたくなかったんだろ?」
あ…!
何てこったよ、全部バレてた。
ぽかんとする俺を前に、獄寺は呆れ顔で笑う。
「ったく、俺と一緒にいたいなんて寒イボ立つようなこと言いやがって…」
「ちが…っ!それは本当に―――」
「あぁ?」
慌てて否定すると、獄寺はますます眉間の皺を深くした。今の言葉で本心から呆れ返ってしまったらしい。
でもな、俺にとっては両方本当。
親父にできるだけ心配掛けたくなかったのも。
獄寺と、1分1秒でも長く一緒にいたいってのも。
「獄寺ぁ…」
両方、本当だから困ってしまう。
欲張って、いっぺんに達成しようとして、獄寺に呆れられてしまう。
それでも不安になって名前を呼べば、ベッドを背にして寄りかかる俺の隣へと並んで座ってくれる。
すぐ横の温かい肩へと頭を傾げてこつりと乗せると、小さな溜め息が返ってきた。
表情が見えないのは不安だけど、こうしてくっつくのを許してくれているってのは、甘えていいってことだよな。
本当はもっと強く抱きしめて、いっぱいいっぱいキスしたいところだけど。
ぼんやりとした頭でそんなことを考えていたら、獄寺がおもむろに自分の指を軽く噛むように舐めた。
そしてその指を―――俺の唇へと、そっと押し当てる。
「…今日はこれで我慢しとけ」
―――胸がぎゅっと締め付けられて熱くなった気がした。
こっちを見ようともしない獄寺の耳が紅く染まっている。
嬉しさと愛おしさと直接キスしたいのにできないもどかしさとで思わずこぼれた笑みは、苦笑いになった。
「獄寺ぁ」
「何だよ」
「…大好き」
「うるせーよ」
獄寺の耳はまだ紅く色づいたまま。
これが獄寺が見せてくれる唯一の愛情表現だってこと、俺はもう知ってる。
この風邪が治ったら、獄寺にいっぱいキスをしよう。
そして、すごくすごく好きだ、って獄寺が聞き飽きてうんざりするくらいまで伝えたい。
その時には伝える言葉の全てに、俺の気持ちをちゃんと込められたらいいな。
そう。ちょうどこのミルクと同じ、ほんのり甘くて。
すっきりと飲み下せるような、そんな言葉で。


**********

書き始めた段階ではただ風邪っぴきのもっさんにごっきゅんがカラメルミルクを作ってやる、ってだけの話だったんですが…なんでしょうこの無駄に甘すぎる話は。
竹寿司食い逃げの回で獄寺は家事が苦手、というのがありましたが、そこら辺にちょいとフィルターをかけまして、『鍋一つ、フライパン一つでできる料理は可能』ということにしてみました。…要は適当にぶった切って適当に煮込んで出来上がりの『男の料理』なら出来る、とかね。
とか言って、キャラメリゼあたりのくだりはフィルターどころかエフェクト加工も必要になってくるわけですけどー!!(笑)


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