novel

□桜恋唄
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コンビニで買ったジュースを受け取り、それをちびちび飲みながら、獄寺は山本に導かれて目的の場所へと向かう。
『裏山』といっていたそこは“山”と呼ぶにはあまりにも低い丘陵地で、電力会社の鉄塔とその足元に作業棟が一つ建っているだけの何の変哲もない場所だった。
山本は、その作業棟へと続く砂利道を、ポツリポツリと立つ外灯をたどりながら登って行く。
「鉄塔のてっぺんにでも登る気かよ?」
「いんや、用があるのはその横」
やがて、道の終点である作業棟までやってくるが、建物を照らし出すように外灯が2つばかり点いているだけで、変わったものは何もない。
「えーと、こっち」
周囲をきょろきょろと見回していた山本は先の道を見つけたのか、生い茂る山の木々の更に奥を指差した。
「こっち…ってお前、道無ぇじゃん」
「うん。秘密の場所なのな」
「はぁ?」
また訳のわからないことを言い出した、と獄寺が頭を抱えた頃には、山本は下生えの木の枝を掻き分けて暗闇の奥へと進んでいってしまっていた。
「…ってオイ!待てって!!」
慌てて獄寺も鞭のようにしなる長い枝を掻き分けて奥に進む。
「足元暗いから気をつけろよー?」
「馬鹿野郎、だったらさっさと先に行くな!」
声だけ聞こえてくる山本に罵声を浴びせつつ、獄寺は手探りでふらふらと歩く。
体を擦り、顔や目の近くを掠めてゆく細い枝に何度もひやりとさせられたが、3分も歩かないうちに、突然目の前の空間が開けた。
「―――あ…!!!」
一足先にそこへ辿り着いていた山本は、後から出てくる獄寺の方へと向き直り、はにかむような笑顔を浮かべている。
その背後に…枝を大きく天へと伸ばした桜の樹が一本、薄紅の花びらをひらりひらりと舞わせながら静かに佇んでいた。
「お前、今年桜見られなかったじゃん。ガッコの修了式の時はまだ全然咲いてなかったし、今日なんてもうほとんど散っちゃって、早いとこは葉桜になっちまってるし。んでな、店の常連さんたちにまだ花が見られる場所がないか聞いてたんだ。そしたら電力会社で働いてるおっちゃんがここを教えてくれたんだよ。ここって日当たりがあんまりよくないらしくって、いつも花が遅れがちなんだって」
場所が場所だけに、その会社のエンジニアくらいしかこの桜の存在を知らないらしい。
デートに使うんなら最高だぞって言われた、と笑う山本の声を獄寺は意識の底のほうでぼんやりと聞いていた。
「んなの…別に明日でもよかったじゃねぇか…。それこそ十代目もお誘いして――」
自分のために山本が動いてくれたという嬉しさがこみ上げてくるものの、元来の性格から素直にそれを表現できなくて、ついそんなひねくれた言葉を投げてしまう。
「それは駄目」
だが対する山本も、こういうときによく見せる困ったような笑顔は出さずにきっぱりとそう言い切った。
「なんでだよ?」
いつになく強い拒絶の台詞が獄寺の表情を素に戻す。
それでも山本はその意思を曲げなかった。
「明日じゃ駄目なんだよ。――今日が最後なんだ」
「最後?」
「明日から雨が降るって。そうしたらもう花が終わっちまう」
そういえば飛行機で見た天気予報でも、明日からしばらく雨が続くことを予報していた。
だから山本は獄寺が疲れているとわかっていながらも、ここに連れて来たがったのだ。
「それに…さ、俺も獄寺と二人だけで花見したかったし…」
最後の最後で山本のわがままな本音がぽろっと零れ落ちたが、不思議と嫌な感じはしなかった。
「すげぇ…な…」
数歩、ゆっくりと進み出て、桜の花を仰ぎ見る。
不思議と明るいのは、作業棟の横にあった外灯の光が木々の合間を縫って辛うじてここまで届いているためなのかと思ったが、それ以外にも光源は存在していた。
(あ…)
大きく見上げて、その正体に気がつく。
花の房をいくつもつけている枝の間から、レモンの形をした月が、青白く光り輝いていた。
「…獄寺、そんな格好でずっといたら首が痛くなるぞ?座るか?」
「あ?座るったってお前、土の上じゃ座るとこなんか…」
と言葉を続けようとするが、山本が着ていたベンチコートをおもむろに脱ぎ始めたのを見て、獄寺は怪訝そうに眉をひそめる。
山本は脱いだコートをそのままためらうことなく樹の根元の土の上へと敷き広げた。
「お前…汚れるぞ?」
「いーのいーの。このために持ってきたんだから。これならレジャーシートより温かいし、柔らかいだろ?」
促されて山本の隣に腰を下ろしてみれば、縫いこまれている綿と裏地のボアのお陰で妙に座り心地が良く感じた。
「…でも良かったよ。花が残ってるうちにお前が帰って来られて」
二人で花を見上げるうちにぽつりと呟かれた言葉に、軽い疑問が湧き上がる。
「…そういやお前、何で今日俺が帰って来るって知ってたんだ?」
色々な段取りの悪さもあったため、獄寺は正確な帰国日を誰にも伝えることができなかった。
にも関わらず、山本は帰国直後という絶妙のタイミングで、獄寺に電話を掛けて来たのだ。
一瞬、ボンゴレ本部からリボーンへと何かのついでで自分の帰国日について連絡が入り、そこから色々経て山本に伝わったのかとも考えたが、それも不自然でまどろっこしい気がする。
「え?知らなかったよ。お前がいつ帰ってくるかなんて」
「へ?」
「わかんなかったからさ、ずっと電話掛けてた。繋がったら帰ってきたってことだと思って」
「…じゃあお前、ずっと鳴らない携帯に電話を掛け続けてたのか?」
「ずっとじゃないぜ?4月に入ってからだから…1週間くらい?」
「おま…、馬鹿じゃねぇの?つかすっげぇ暇人だなオイ!」
どうりで電源入れた直後に電話が鳴ったはずだ、と獄寺は呆れ返ってしまった。
「んー、でも、帰って来たならすぐにでも会いたかったし…」
「なんだよ、どこのガキだよ。随分と甘ったれの寂しがりやだなお前」
「んなこと言ったって…お前……」
からかって小馬鹿にするつもりで言ったはずの言葉だったが、山本は反論しかけた後すぐに言いよどんでしまう。
そして、しばらく考え込んだ後に抱えた膝へと顔を伏せると、獄寺の予想とは全然違う反応を返してきた。
「寂しかった…よ」
「…え?」
「だって2週間以上だぜ?お前が向こうで無茶して怪我なんかしてないかとか、行き帰りの飛行機が事故ったりしないかとか、すげえ不安で…心配で…お前のことばっか考えてて…」
そこまで言うと、山本はまた声を詰まらせてますます顔を伏せてしまう。
「お前…」
膝を抱くその仕草が、自分自身の感情の流出を押し留めるための、必死の行動であるように見える。
普段はあまり細かい所は気にしない性分のくせに…と、獄寺は不意に胸の痛みを覚えた。
山本がごくまれに見せる“子供の脆さ”は、いつも獄寺の意地や見栄をあっさりと突き崩してしまう。
「…ん……なの……」
言いかけて、言葉を止める。
その先の言葉はあまりにも気恥ずかしくて、どうしても音にすることが出来なかった。
だがそこに込めようとした想いは心に留まって痛みを伴うほどに燻り続けている。
この痛みの逃し方を他に知らなくて、新たに思いつく手立てもないから、獄寺は山本の羽織るシャツへとためらいがちに手を伸ばしてその裾を小さく握り込んだ。
「…そんなの…」
もう一度、手前の言葉までを繰り返してみる。
やはりその先は唇が動かない。
伴って起こる心の痛みに呻きそうになったその時、山本の掌が獄寺の頬へおずおずと触れてきた。
「獄寺ぁ…、触れてもいい…?」
掠れを帯びる声が耳に甘く響く。
大きな掌の持つ温もりに僅かに頬を寄せると、あの痛みがほんの少し和らいだ気がした。
声を出そうとすると心にも無いことを口走ってしまいそうだから、獄寺は掌に伝わるかどうかの微かな頷きで山本に想いを伝えた。
小さなメッセージを正確に受け止めた掌はやがて首の後ろにまで滑り、そのまま強く…乱暴とも思える性急さで抱きしめてくる。
息苦しさに細めた瞳が、ゆるりゆるりと舞い落ちてゆく花びらの影を捉える。
それと同じ速度で、あの痛みが甘い痺れへと変化していくのが心地よく思えた。
(…ったく…)
花が舞う、その姿と同じように…そのひとひらが想いの雫となって――。
握っていたシャツの裾から手を離し、広い背中へと指をたどらせる。
(――そんなの、お前だけじゃねーんだよ…)
肩に顔を埋めるその時、獄寺は決して言えない言葉を心の一番奥で小さく呟いた。

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